トルコの国土の大半はアナトリア高原という高原地帯です。
首都アンカラをはじめさまざまな歴史を持つ町が広大な内陸地域に点在し、一方カッパドキアのような風変わりな自然地形のスポットもあります。
このページではトルコの内陸部と北部の黒海沿岸地域のスポットを紹介します。
(説明中のアルファベット表記は、トルコ語の中に特殊文字があるためその場合は近い文字を使っています)
トルコの観光地ガイドのページ
イスタンブール周辺|トルコ内陸部・北部黒海沿岸(このページ)|西部エーゲ海沿岸・南部地中海沿岸
トルコ旅行に関する基本情報、雑学、関連サイトリンクなどのページ
トルコ旅行のいろいろ情報
トルコへのツアー情報のページ
トルコへのツアー
トルコへのツアー予約
《JTB》
イスタンブール
アンカラ
カッパドキア
サフランボル
イズミール
パムッカレ
《日本旅行》
イスタンブール
カッパドキア
イズミール
パムッカレ
その他各地
トルコへの格安航空券の予約
イスタンブール
アンカラ
トルコのホテル予約
イスタンブール
アンカラ
コンヤ
ネウシェヒール
ギョレメ
ユルギュップ
サフランボル
アンタルヤ
チャナッカレ
イズミル
ボドルム
宿泊日まで20日以内のホテル予約
イスタンブール
アンカラ
カッパドキア
アンタルヤ
チャナッカレ
イズミル
パムッカレ
ボドルム
観光地ガイドのガイド
●自然物・景観・公園 ●人工庭園・公園 ●保養地 ●遊園地 ●遺跡 ●史跡 ●町・村・集落 ●繁華街・通り・広場
●寺院・教会 ●美術館・博物館 ●城・宮殿 ●その他建築物 ●有名人記念館 ●市場・商業施設 ●生産施設
★世界遺産
・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
イスタンブールの東南東350km、アナトリア高原(Anatolia/Anadolu)東部の標高850mにある人口350万人の首都です。
旧市街は紀元前3世紀にケルト人が造った町で、ローマ帝国時代にはアナトリア地方の中心地でした。オスマン・トルコ時代は重要性が低下しましたが、ケマル・アタチュルクの独立戦争の基地となって重要性を回復し、1923年の現トルコ共和国成立時にイスタンブールから遷都されました。
トルコの中で最も近代的な建物の多い町です。
アンカラ中心部の地図 : 上辺やや右付近がアンカラ城、左端の中央がアタチュルク廟です。
新市街中心部の西の高台にある、現トルコ共和国建国の父ケマル・アタチュルクの霊廟です。1938年の死去の後、1944年から1953年にかけて建設されたものです。
広大な敷地の中央にギリシャ神殿のイメージを持つ現代風の巨大な廟があり、広い参道が続いています。
本人の愛用品や贈られた品々、写真パネルなどを展示する博物館があります。
市街北部、旧市街が広がるウルス(Ulus)地区の東の丘の上にある城塞跡です。
紀元前3世紀にガラテア人が建設したもので、ローマ帝国時代からビザンチン、セルジュク・トルコ時代まで改修、増築が行われました。
城塞には4つの小さな門があり、内部は住民も暮らすひとつの閉鎖的な町を形作っています。
アンカラ城の南にある1923年開館の博物館です。
アナトリア地方で出土した遺物を多く収蔵しています。特に紀元前1700年ごろから数百年続いたヒッタイト王国時代の遺物が充実しています。
なお建物は古い隊商宿を改造したもので、屋根には10のドームが並んでいます。
アンカラ城北西2kmにあるローマ帝国時代の浴場遺跡です。
3世紀にカラカラ帝によってローマ兵士の保養のため造られたもので、冷水浴、温水浴、サウナといった浴室があったといわれています。
基礎部分と1階部分が残っています。
ウルス地区にある高さ15mの石柱です。ローマ皇帝ユリアヌスの来訪を記念して362年に造られたといわれています。
柱の頂上に木の葉の飾りが彫られています。
アンカラの東150kmにある村・ボアズカレ(Bogazkale/ボアズキョイ(Bogazköy)ともいいます)の南郊にある遺跡です。
紀元前17世紀頃に人類最初の鉄器文化を生み出したヒッタイト王国の都の跡です。南北2.5km、周囲6kmの範囲はところどころに門が設けられた城壁が囲み、内部は神殿や建物の土台だけが点在しています。
敷地からは多量の楔形文字の書かれた粘土板が発見されています。
20世紀初めから発掘が始められ、現在も未発掘部分があるということです。
なお周辺には北3kmに「ヤズルカヤ(Yazilikaya)」、北35kmに「アラジャホユック(Alacahöyük)」というヒッタイト遺跡があります。
アンカラの南220km、12〜13世紀にセルジュク・トルコの都だった町で、当時の建造物が多く残っています。
町の中心に1220年創建のイスラム寺院「アラアッディン・ジャミイ(Alaeddin Camii)」があり、その北に博物館となっている「カラタイ神学校(Karatay Madrasa)」、西にも「インジェ・ミナーレ神学校(Ince Minare Madrasa)」があります。
またこの地でその当時誕生した異色のイスラム神秘主義教団の祖メブラーナの霊廟で、現在博物館となっている「メブラーナ博物館(Mevlana Dergahi)」が有名です。
なおメブラーナ教団は、音楽にあわせて旋回して踊るのが特徴です。
アンカラの南東200km、アナトリア高原の中南部に250kuにわたって「妖精の煙突」といわれるキノコやロウソクの形をした奇岩が無数に屹立する地域です。
太古の火山活動で形成された凝灰岩が風雨で浸食を受け、岩盤の固い部分が残されたものです。
風変わりな自然の彫刻に、中世以後イスラムの迫害を受けたキリスト教徒が地形を利用した穴居生活を送った歴史も加わった、一種独特な観光スポットとなっています。
カッパドキアの地図
カッパドキア主要スポットの西にある付近最大の町です。
カッパドキア観光の入り口となっており、旅行会社やホテルが集まっています。
ネウシェヒールの東7km、町の中心に大きな一枚岩の岩山がそびえ、中をくり貫いて多くの部屋や住居を造り、全体で要塞となっている町です。
ヒッタイトの時代から造られたという古い歴史を持ちます。
岩山の中を通って頂上に登ることができ、カッパドキア全体を展望することができます。岩山自体、カッパドキアのどこからでも見えるランドマークとなっています。
裏側は岩を彫った鳩の巣があり、フンを採取して付近のブドウ畑の肥料としているそうです。
ネウシェヒールの東10km、カッパドキアの中央にある町です。
4世紀以後イスラムの迫害を逃れ、奇岩に洞窟を掘って造ったキリスト修道院や教会が多く造られた地域で、その数は300ほどあり「ギョレメ野外博物館(Göreme Açikhava Müzesi)」として公開されています。
洞窟教会の内部壁面には色鮮やかなフレスコ画が描かれています。
保存状態が良い教会として、「エルマル・キリセ(Elmali Kilise/リンゴ教会)」、「ユランル・キリセ(Yilanli Kilise/蛇教会)」、「ジャルクル・キリセ(Carikli Kilise/サンダル教会)」などがあります。
ギョレメの南東3kmにある岩山を要塞とした町です。
ウチヒサールに比べて岩山の高さは低いですが蜂の巣のように穴があけられ、まわりにマッチ箱のような住居が密集しています。
オルタヒサールの北3kmにある奇岩が広がる渓谷です。全般に岩の色がピンク色をしており「ローズ・バレー」ともいわれます。
頂上が平らなテーブル状の岩山があり、夕陽に染まる景観が非常に美しいスポットです。
ギョレメの東10kmにある町で、カッパドキアの東の拠点になっています。
町の中まで奇岩が入り込み、付近に「妖精の煙突」などを見ることができます。
かつての住居や教会として使われた洞窟があちこちにあります。これらの洞窟をホテルや民宿として、宿泊体験できるところもあります。
付近はワインの産地で、ワイナリーもあります。
ギョレメの北東5kmにある奇岩が林立する景観が最も有名な渓谷で、そのまま野外博物館となっています。
「妖精の煙突」も多数点在し、岩山には1950年代まで人が住んでいたという無数の洞窟が掘られていて、多数の修道院跡もあります。
広さの点ではギョレメを凌いでいます。しかし岩の浸食が進み、崩落の危険が進んでいるため、政府は見学の中止の検討も始めているといわれます。
ギョレメの北10kmにある町です。
町を東西に流れるクズルルマック川(Kizilirmak)で鉄分を含んだ粘土が採れるため、陶器の産地となっています。工房の見学もできます。
カッパドキア全般に点在する、イスラムの迫害を逃れるためにキリスト教徒が地下に造った都市です。
アリの巣のように、通路を何階にもめぐらして通気孔を通し、住居や台所、貯蔵庫などの他にワイナリーなども完備して数万人もの人が暮らしたといいます。
20ほどの町があったといい、主な町はネウシェヒール南20kmの「カイマクル(Kaymakli)」、その南10kmの「デリンクユ(Derinkuyu)」、アバノス北10kmの「オズコナック(Ozkonak)」などです。
ネウシェヒールの南西110kmにある渓谷です。
メレンディズ川(Melendiz Suyu)が12kmにわたって深さ100m、幅100〜150mほどに浸食してできたものです。
谷底の川岸沿いには樹木が繁り、4kmほどのトレッキング・コースがあります。
川沿いの絶壁には岩を掘って造った教会や病院、住居の洞窟が点在します。
アンカラの南東500kmにある町です。
シリア国境に近いトルコ南部の町で、トルコの東南部観光の入り口となる町です。ピスタチオの産地として有名です。
ガジアンテップの北東120km、アナトリア高原東南部にある標高2150mの山です。
山頂に紀元前1世紀に造られたコンマゲネ王国のアンティオコス1世の墳墓があります。
高さ50mほどに岩を積み上げて造られており、墳墓の東西にアンティオコスやゼウス、アポロンなどの像が5体づつ並んでいますが、地震で首が転げ落ちたままになっています。
観光拠点は南麓の町キャフタ(Kahta)で、一般には日の出、日の入り時の遺跡の景観を楽しむ登山ツアーがあります。
キャフタの南70kmにある人口50万人の町です。
旧約聖書の預言者イブラヒムが生誕した地で、イスラム教の聖地となっています。
イスラム寺院(モスク)が多くあり、「イブラヒム生誕の洞窟」には多くの巡礼者が訪れます。
また「聖なる魚の棲む池」は、ネムルート王がイブラヒムを火あぶりの刑にした際に、火が水に、薪が魚に変わったという伝説があります。
シャルン・ウルファの南東30km、シリア国境近くにある遺跡です。
紀元前5千年頃から人が住み始め、紀元前2千年頃にはアナトリア(トルコ)とメソポタミアを結ぶ交易路となっていました。
旧約聖書でイブラヒムがカナン(イスラエル)へ向かうために住んだ地ともいわれます。赤土の荒野の中に紀元前からの町の遺構が残っています。
また近くにこの地方伝統の日干しレンガ造りのとんがり屋根を載せた民家がいくつかあります。
キャフタの東140km、チグリス川に臨む町です。人口60万人ほどでクルド人が多く住む町です。
4世紀にローマ帝国のコンスティアヌス帝が建設した歴史のある町で、長さ5.5kmの市街を三重に囲むの黒い玄武岩の城壁が残っています。
11世紀に造られたイスラム寺院「ウル・ジャミイ(Ulu Camii)」が町のシンボルになっています。
ディヤバクル南東80kmにある南に平野を見下ろす丘の斜面に造られた町です。
紀元前16世紀のミタンニ王国の時代から交通の要衝として重要な町でした。
市街の中心には城塞やグランド・モスク、神学校の集まる歴史地区があります。周囲を高い壁で囲ったり、通りをまたぐような造りをした独特の古い民家も残っています。
世界遺産登録の申請を予定しているそうです。
ディヤルバクルの東北東250km、トルコ東端近くにあるトルコ最大の湖です。
標高約1700mの高原にあり、琵琶湖の6倍の面積を持ち、透明度が高く美しい塩水湖です。
紀元前9〜6世紀頃にはすでに周辺にウラルトゥ王国がありました。
湖に浮かぶアクダマル島(Akdamar Adasi)には、10世紀創建で外壁に聖書の説話のレリーフ、内部にはフレスコ画が残るアルメニア教会があります。
なお、古くから正体不明の巨大生物「ジャノ」が住んでいるといわれています。
ヴァン湖の南東岸にある、かつてのウラルトゥ王国の都だった町です。
湖畔の丘の上に紀元前855年に造られた「ヴァン城跡(Van Kalesi)」があり、城跡や城門、城壁などが残っています。
また市内には紀元前のウラルトゥ王国の出土品などを展示している「ヴァン博物館(Van Müzesi)」があります。
なお、ヴァンは、左右の目の色が異なり泳ぐことができる「ヴァン猫」がいる町として知られています。
ヴァンの北北東120km、イラン国境に近い町です。
北北東には「ノアの方舟」が漂着したという伝説があるトルコ最高峰で標高5165mの「アララト山(Büyük Agri Dagi/Mt.Arrarat)」がそびえています。
町はイラン色が濃く、ペルシャ文字なども目立ちます。周辺は赤土の大地が広がり、羊の放牧が行われています。
近郊に、クルド人の将軍が3代にわたり99年かけて1784年に完成した宮殿「イサク・パシャ宮殿(Ishak Pasa Sarayi)」、山の中腹にある長さ165m、幅50mで舟の形をした岩の隆起で伝説の「ノアの方舟漂着の丘(Nuh Gemisi)」があります。
ドウバヤズィット北西170km、標高1700mの高原の町・カルス(Kars)から東へ50kmの、アルメニア国境にある遺跡です。
10世紀にアルメニア王国の都があった地で、シルクロードの中継地でもありました。
「大聖堂」やフレスコ画のある「グレゴリオ教会」などが遺構として残っています。
遺跡のそばを流れる川が国境になっており、入場の際にはパスポートを預け、アルメニアに向けての写真撮影は禁止という厳しい管理がされています。
カルスの西南西200kmにある、人口30万人ほどの東トルコの中心都市です。標高1800mの高原にあり、冬はトルコで最も寒い地域です。
古い歴史を持ち、セルジュク朝の13〜14世紀頃に建てられた「チフテ・ミナール神学校(Çifte Minare Medresesi)」、「ヤクティエ神学校(Yakutiye Medresesi)」、13世紀に造られたセルジュク・トルコの3人の王の墓「ユチュ・キュンベットレル(Üç Kümbetler)」などがあります。
アンカラの北150km、山間の谷間に広がる静かな小さな町です。
17〜19世紀頃のオスマン・トルコ時代に造られた独特の木造家屋が多く残り、石畳や坂道のある美しい街並みが世界遺産になっています。
19世紀の知事の邸宅だった「カイマカムラル・エビ(Kaymakamalar Evi)」は当時の生活を再現した博物館になっており、昔の建物をホテルやブティックなどに改装して使っているものもあります。
なお地名は、昔からサフランの産地であったことから付けられています。
アンカラの東北東550km、トルコ北東部の黒海に面する町です。
ロシアに占領されていた時期があり、ロシア風の文化が強い町です。
13世紀に教会として建てられその後イスラム寺院となったビザンチン様式の「アヤ・ソフィア(Aya Sofya)」や、ビザンチン時代に造られた「城壁」など歴史的な建造物が残ります。
丘の上の公園「ポステペ(Bostepe)」から市内や黒海を眺めることができます。
トラブゾンの南50kmの標高1200mの渓谷にある修道院です。
4世紀にギリシャの修道士によって谷底から300m上の切り立った岩壁にはり付くように造られ、規模を拡大して1340年に現在のものになりました。
6階建てで72の部屋があり、多くのフレスコ画が残っています 20世紀まで僧院として続いていたということです。
トルコ各地の観光地ガイドのページ
イスタンブール周辺|トルコ内陸部・北部黒海沿岸(このページ)|西部エーゲ海沿岸・南部地中海沿岸
トルコ旅行に関する基本情報、雑学、関連サイトリンクなどのページ
トルコ旅行のいろいろ情報
トルコへのツアー情報のページ
トルコへのツアー
Copyright © 2006-2008 REISENDER All Rights Reserved. 海外旅行準備室