エジプトは、紀元前3千年から中央集権国家を形成し、豊かなナイル川の恩恵を受けて高度な文明を作ってきた国です。
王国衰退後はペルシア、ギリシャ、ローマそしてイスラムの大国の支配下におかれ、近代もヨーロッパ支配の歴史を繰り返し1922年に独立しました。
独立後もパレスチナ戦争やクーデター、中東戦争などをへてようやく安定した国情になってきています。
国の大半は砂漠で、人が住んでいるのはナイル川沿いと地中海岸だけといっても過言ではありません。
なんといっても、見所はピラミッドやスフィンクスなどの古代遺跡が中心ですが、1997年のルクソールにおける観光客襲撃事件など、中東情勢の影響を受ける地域であることは頭においておく必要があります。
このページでは、カイロ、アレキサンドリア、シナイ半島のエジプト北部を紹介します。
面積 : 100万ku(日本の2.7倍)
人口 : 7403万人(2005年)
人種 : アラブ人
言語 : アラビア語
宗教 : イスラム教がほとんどで、キリスト教がわずか
《気候》
地中海沿岸は乾燥した夏と雨季の冬を持つ地中海性気候、カイロからシナイ半島付近は多少の降雨のある半乾燥のステップ気候です。
それ以外の大半の地域は雨がほとんど降らない乾燥した砂漠気候です。
《時差》
日本標準時 − 7時間です。
5〜9月はサマータイムで 日本標準時 − 6時間となります。
《アクセス》
カイロまで成田空港から13時間45分、関西空港から14時間です。
《ビザとパスポート》
ビザが必要です。事前の日本で取得が基本ですが、取らずに出かけてカイロ空港で到着時に取得することもできます。
日本での取得は手間がかかる上に費用が5500円かかりますが、カイロ空港では$25ですぐビザがもらえます。このためツアーでは添乗員がカイロで一括購入するようです。
パスポートは残存有効期間が6ヶ月+滞在日数以上あることが必要です。
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★世界遺産
・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
エジプト北部、ナイル川デルタの扇のかなめの位置にあるエジプトの首都です。人口1500万人でエジプト全体の5分の1が集中しています。市の中央を南から北へナイル川(Nile River)が流れ、中心街は東岸に広がっています。
7世紀にイスラム教徒が軍事都市と築いたのが始まりで、以後支配者が交代してもこの地域の中心都市として発展を続けています。
ピラミッド、スフィンクスなど有名な古代遺跡は、市街に程近い南郊にあります。
カイロ市街主要部の地図
カイロ周辺部の地図
ナイル川東岸、中洲の島・ゲジラ島(Gezira)の対岸付近にある地区で、政府機関や各国大使館が集まっています。
19世紀にオスマン・トルコから自立を達成したムハンマド・アリー朝の時代に、近代化の一環でパリの市街をモデルに建設した地区です。
新市街のナイル川沿いにある、5千年前からの古代エジプトの遺物を集めた世界有数の博物館です。通称では「カイロ博物館」とも呼ばれます。
1835年に政府が創設し、現在のネオ・クラシカル様式の建物は1900年に建てられたものです。
有名な「ツタンカーメン王の黄金のマスク」をはじめとする秘宝や、「神官ラーヘテプとネフェルト像」、「カフラー王座像」などの彫像、古代王のミイラなど12万点を収蔵しています。
なお施設は老朽化が進み、手狭にもなっているため、ギザのピラミッド近くにこれまでより大規模な「大エジプト博物館」を建設し、2011年を目標に移転予定ということです。(建設費の約半分は円借款だということです。)
エジプト考古学博物館の西、ゲジラ島にある高さ187mの塔です。
市内のランドマークになっており、最上階の展望台からはギザのピラミッドも見えます。
新市街の東方、東西2km、南北3kmほどの範囲に広がる地域です。
641年に進出してきたイスラム軍がそれまでの中心地「オールド・カイロ」の東に造営地を造って以来、時代とともに北にイスラムの市街が広がり、現在のような市街ができたものです。
現在も外国人がほとんど住まないアラブ人の町で、多くの歴史的なイスラムの建造物が多く残り、建造物と街並みが世界遺産に登録されています。
イスラミック・カイロの地図
新市街の南東3km、イスラミック・カイロの南東部にある高さ75mの「モカッタムの丘」の上にある城塞です。
アイユーブ朝を開いたサラディンが1183年に建設したもので、19世紀まで当地の支配者の居城となっていました。
城壁に囲まれた内部には、「ムハンマド・アリ・モスク(Muhammad Ali Mosque)」をはじめとするいくつかのモスク、過去のエジプト軍の武器や軍服などを展示する「軍事博物館(Military Museum)」などがあります。
シタデルの中にあるイスラム寺院で、19世紀前半に事実上の独立を達成した総督ムハンマド・アリが1857年に完成したものです。
イスタンブールのブルー・モスクを模して造られており、2本の尖塔(ミナレット)が立っています。
縞模様のある美しい石「アラバスター(雪花石膏)」を使っているため「アラバスター・モスク」とも呼ばれます。
シタデルの北西にあるイスラム寺院です。
マムルーク朝の1356年から1363年にかけてスルタン・ハサンが建てたもので、マムルーク建築の傑作といわれています。
イスラム教4宗派のための学校も併設し、高さ81mの尖塔(ミナレット)が立っています。
建物の石材は、ギザのピラミッドのものを使っているといわれています。
シタデルの西1kmにあるイスラム寺院です。
879年にトゥールン朝の創始者イブン・トゥールンが創建したもので、エジプトでは3番目に古いモスクといわれます。
160m四方の敷地に建ち、中庭も約90m四方あるカイロ市内では最大のモスクです。
シタデルの北0.7kmにあるイスラム寺院です。
1347年にマムルーク朝の皇太子アクスンクルが建てたもので、壁の美しい青のモザイクから「ブルー・モスク」と呼ばれています。
シタデルの北1.5kmにあるイスラム寺院です。
972年にファティーマ朝のジャウハル・アル・ケセリ将軍が建てたものです。
付属の神学校(マドラサ)は988年に設立されたもので、世界最古の大学の一つといわれ、現在もアズハル大学としてイスラム研究の最高権威となっています。
アル・アズハル・モスクの北にあるアラブ諸国で最大級の規模を誇る市場(スーク)です。
狭い通リに香辛料、香水、金細工や宝石の店をはじめ奥のほうには日用品などさまざまな店がひしめきあっています。
アル・アズハル・モスクの西1kmにある博物館です。
1903年創立で、ペルシア、マムルーク朝やトルコ様式などの芸術品を10万点以上収蔵しています。
イスラミック・カイロの周囲をかつて囲んでいた城壁の跡です。
969年にファティーマ朝がカイロを征服、アル・アズハル・モスクを建設し、新首都としてそれを中心に1km四方を壁で囲みました。
現在はシタデルの北や、イスラミック・カイロの北のはずれに部分的に残っています。
シタデルの北西2km、新市街の東にある宮殿です。
1863年にムハンマド・アリ王朝が建て、1952年のエジプト革命まで政府の公邸として使われました。
現在は大統領の執務室になっている他、一部博物館として公開しています。
新市街の南4kmにある地域で、西に狭い水路を隔ててナイル川の中洲の島・ロダ島(Rhoda Island)が広がっています。
イスラミック・カイロが建設される以前のローマ時代からあった町で、コプト正教会というエジプトで独自発展したキリスト教の一派が普及した地です。今も信仰を集めるキリスト教会が多く残っています。
オールド・カイロの地図
オールド・カイロの入り口にある教会で、「マリ・ギルギス(Mari Girgis)」とも呼ばれます。
4〜7世紀頃に建設されたものですが、20世紀に破壊され再建されています。
丸いドームがあるのが特徴で、敷地内にはローマ時代の塔や修道院などがあります。
聖ジョージ教会の南東にある博物館です。
古い時代のキリスト教のイコンや写本、織物などを展示しています。
コプト博物館の南にある教会です。
4世紀にローマ時代の要塞があった地に建てられ、9世紀に再建されたものです。
エルサレムに入るキリストの木彫りや、多くのイコンが残されています。
カイロ南西10kmの砂漠にある、ピラミッドとスフィンクスで有名な古代遺跡です。
紀元前2600年頃の古王国第4王朝の建造とされ、クフ王、カフラー王、メンカウラー王の3大ピラミッドと、守護神のスフィンクスなどがあります。
「クフ王のピラミッド」が3ピラミッド中最大で、一辺230m、高さは146mです。ただし頂上は崩壊して実際の高さは137mになっています。1個2.5tの石を268万個使って造られているといわれています。
「カフラー王のピラミッド」は一辺216m、高さ143m、「メンカウラー王のピラミッド」は一辺108m、高さ66mです。それぞれのピラミッドの斜面は正確に東西南北を向いています。これらは古代の世界七不思議に数えられています。
「スフィンクス」は長さ73m、高さ20mで、損傷が激しく、今後100〜200年の間に崩壊するといわれています。
クフ王のピラミッドのそばには「太陽の船博物館(Solar Boat Museum)」があり、王が来世へ旅立つのを祈って造られたという全長47mのレバノン杉製の船を復元して展示しています。
ギザの地図
ギザの南東15kmにある都市遺跡です。
紀元前2700年頃成立した古王国の首都だった地で、最盛期にはクフ王、カフラー王、メンカウラー王が統治し、約500年間都であり続けました。
過去の遺構はほとんど廃墟になっており、出土品を並べた博物館になっています。
長さ15mの「ラムセス2世の巨像」、小型のアラバスター(雪花石膏)製の「スフィンクス」などが有名です。
メンフィスの北西3kmの砂漠にある遺跡です。
紀元前2650年頃古王国第3王朝の第2代ジョセル王が建造した最古のピラミッドがあります。
ピラミッドは階段状をしており、底面は140m×128m、高さ60mの大きさで、神殿や葬祭殿などがそばに建てられた複合建築物になっています。
メンフィスの南西7kmの砂漠にある遺跡です。
クフ王の父であるスネフェル王が建設したといわれる2つのピラミッドがあります。
北側には傾斜が緩やかで、赤っぽい石材の色の「赤のピラミッド」、南側には傾斜が途中から緩やかになっている「屈折ピラミッド」と名付けられたピラミッドがあります。
カイロの北西200km、地中海に臨む人口330万人を擁するエジプト第2の都市で、「地中海の真珠」と呼ばれています。
紀元前332年にアレキサンダー大王がマケドニアの都として築き、紀元前1世紀にはクレオパトラがこの地で暮らしました。ギリシャ、ローマ時代には学術の中心地として発展しましたが、近代のナポレオンが進出する頃までには小さな漁村にまで衰退しました。
19世紀以降は商業と海運の中心地として再発展しています。
アレキサンドリア中心部の地図
市街中心部のマスル駅(Masr Station)近くにある古代ローマ様式の円形劇場遺跡です。
1964年に発見され、収容人員は7〜800人程度のこじんまりしたものです。
マスル駅の北にある、紀元前3世紀から紀元後7世紀までの遺物を展示する博物館です。
1892年の創設で約4万点の考古品を収蔵します。彫像や土製人形、ミイラの他、パピルスやコインなども展示しています。
市街中心部の北2km、地中海に突き出した半島の北東端にある要塞跡です。
15世紀のマムルーク朝時代ににスルタン・カイト・ベイが築いたものですが、それ以前には紀元前3世紀の建造で、古代の世界七不思議にも数えられる「ファロスの灯台(Pharos Lighthouse)」があった場所として知られています。
ファロスの灯台は、頂上にポセイドン像がある高さ125mの塔で、50km先からも光が見えたといわれていますが、13世紀の大地震で倒壊してしまいました。
要塞の周辺は地中海の景色が広がり、地元のデートスポットとなっています。
マスル駅の西2kmにある高さ25mの花崗岩の柱です。
297年にディオクレチヌス帝が建て、当時は400本の柱があったものが389年にテオドシウス帝が取り壊したもので、1本だけが残っています。
もともとの建物は「セラピス神殿」であったとも「図書館」であったともいわれています。周辺にはスフィンクス像などもあります。
ポンペイの柱の西、住宅街のコム・エル・シュカファにある2世紀に造られたローマ市民の共同地下墓地です。
地下3階、深さ90mあり、エジプトとローマの様式を混合したレリーフや壁画が残されています。
エジプト北東部の逆三角形の半島です。北は地中海、南西はスエズ湾(Gulf of Suez)、南東はアカバ湾(Gulf of Aqaba)、南は紅海(Red Sea)に囲まれています。南部に山岳地帯がありますが、それも含めて全体は砂漠地帯になっています。
紀元前13世紀に古代イスラエルの聖人モーゼが十戒を授かった地として知られています。
1967年から1979年まではイスラエルが侵攻して占領していた地域です。
カイロ北東200kmの地中海岸の町ポートサイド(Port Said)から、紅海の北奥の町スエズ(Suez)に至る全長163kmの運河です。
フランスの指導で多くの犠牲者を出しながら10年の歳月をかけて1869年に開通しました。幅約200mで深さは20mほどあり、アジアとヨーロッパを結ぶ重要な航路です。
軍事施設もあり、周辺は立入り禁止になっており、遊覧船などはありません。
カイロからシナイ半島に入る場合はスエズにある海底トンネルで横断しますが、その際に眺めることができます。
スエズの南東郊、シナイ半島側の砂漠の小さなオアシスにある石組みの井戸です。
苦くて飲めない水を、モーゼが木の枝を投げ入れたら甘くなったという、旧約聖書に出てくる「メラの泉」といわれます。2つの井戸が残っています。
なお同様な泉はイスラエルからヨルダン方面まであちこちにあります。
シナイ半島南部の山岳地帯、シナイ山の麓にあるギリシャ正教の修道院です。
標高1570mの高地にあり、6世紀にローマのユスチニアヌス帝が建立したもので、要塞のような造りになっています。
礼拝堂、教会堂、聖壇の3つのホールがあり、さまざまな言語で書かれた聖書の写本などを収蔵する図書館、イコンや王冠など貴重な品々を収蔵する博物館を併設し、コレクションはバチカンに次ぐほどの規模といわれます。
庭にある「燃える柴の木」が有名です。なお現在も修行の場であり、見学は一部に限られます。
セント・カテリーナ修道院のそばにそびえる標高2285mの岩山です。別名「モーゼ山(Mt.Moses)」で、頂上でモーゼが十戒を授かったという山です。
登山ツアーがあり、聖カテリーナ修道院のある町を夜中の3時頃出発して、頂上でご来光を眺めます。途中までラクダに乗って登ることもできます。
シナイ半島南端近くのアカバ湾に臨む国際的リゾート地です。
かつてイスラエルが占領時代に軍事拠点として造った町で、現在はヨーロッパ人やイスラエル人、ヨルダン人に人気のマリン・リゾートとなっています。
世界屈指の透明度を誇る海はダイビングスポットとなっています。
2005年7月に自動車爆弾によるテロが発生し、欧米の観光客を中心に多数の死傷者が出ました。
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