古代エジプトは、紀元前4000年頃からカイロ近郊のギザ、メンフィス付近とルクソール付近の2つの地域で文化圏が発生し、紀元前3500年頃に統一されました。
紀元前3150年頃からの初期王朝では、ヒエログリフの文字が作られ、太陽暦が普及しました。
紀元前2650年頃からの古王国は、メンフィスが首都で、ギザのピラミッドが造られています。
紀元前2040年頃からの中王国は、首都はテーベ(ルクソール)に移り、青銅器時代に入ります。
紀元前1540年頃からの新王国では、ツタンカーメン王が登場しています。
そして紀元前1290年頃にファラオの圧政に苦しむ古代イスラエル人がモーゼとともに東方へ脱出、紀元前10世紀頃からは周辺の民族の侵入が相次ぎ、紀元前6世紀にはペルシャが征服、紀元前332年にアレキサンダー大王征服、と歴史は動いていきました。
このページではナイル川中流域からスーダン国境近くまで点在する遺跡を紹介します。
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・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
カイロ南240kmのナイル川東岸にある紀元前2100年頃の中王国時代の遺跡です。
強大な中央集権国家が弱まり、地方豪族が力を持ってきた時代の墳墓で、岩山をくり貫いて造った岩窟墳墓が40ほどあり、狩や戦い、動物、日常生活などバラエティに富んだ彩色壁画が残っています。
「アメンエムハト」、「クヌムホテプ」、「バケト」、「ケティ」といったいくつかの墳墓が公開されています。
ベニ・ハッサンの南30km、ナイル川東岸にある紀元前14世紀に20年ほど都が置かれた遺跡です。
新王国第18王朝のアメンホテプ4世が造営したもので、神殿や王宮の跡が瓦礫で残っています。
1887年に文書庫跡から楔形文字で書かれた約360通の粘土板の公式文書「アマルナ文書」は当時の内政を知る貴重な資料で、現在ロンドンの「大英博物館」にあります。
テル・エル・アマルナの南東200km、ルクソールの北西100kmのナイル川西岸にある遺跡です。
エジプト神話のオシリス神の聖地で、紀元前13世紀頃の「セティ1世葬祭殿」があります。
保存状態の良いレリーフが多く残されており、セティ1世までエジプトを統治した76人のファラオの名前を刻んだ王名表も有名です。
一方最近、ヘリコプターや戦闘機など近代兵器に酷似したレリーフをアメリカの研究家が発見して大きな話題になっています。
なお、この遺跡はテロの危険が大きい地域にあり、ルクソールから向かう場合はタクシーやバスに厳重な警察の護衛車両がつきます。
ルクソールの北50km、ナイル川西岸にある遺跡です。
紀元前1世紀のプトレマイオス朝末期に造られた「ハトホル神殿」が残っています。地下に3層の地下室があり、さまざまなレリーフが残っています。
レリーフの中に「発電装置に接続したフィラメント電球」としか見えない不思議な絵が残っていることでも知られています。
なお敷地は東西1.2kmほどの壁で囲まれ、かつて多くの神殿がありましたが、残っているのはこれだけです。
カイロの南南東500km、ナイル川沿いの町です。紀元前2130年頃の中王国第11王朝時代の約140年間と、紀元前1560年頃からの新王国時代約500年間の都となった地で、当時は「テーベ(Thebe)」と呼ばれました。この長い時代に造られた多くの歴史的建造物がナイル川両岸の一帯に残っています。
大きくは、ナイル川東岸が太陽が昇る「生の都」、西岸が太陽が沈む「死者の都(ネクロポリス)」で、墓廟などは西岸に多く集まっています。現在の市街は東岸にあり、西岸へはナイル川を渡るフェリーが出ています。
ルクソールの地図 : 「南風博物館」のルクソール解説のページで、初めの方にわかりやすい地図があります。
市街の北2kmにあるエジプトで最大の神殿跡です。
紀元前20世紀頃から建造が始まり、主な建造物は新王国時代の紀元前15〜12世紀頃に造られたものです。
中心に約600m四方の壁に囲まれた「アメン大神殿」があり、西側にスフィンクスが両側に並ぶ参道の先に、オベリスクの建つ第一の塔門があります。
敷地内にはいくつかの塔門や中庭、20mほどの134本の石柱が林立する大列柱室、葬祭殿などが建っています。少し離れて南に「ムト神殿」、北に「メンチュ神殿」があります。
夜には光や音、ナレーションにより神殿の紹介がされるツアー「音と光のショー」があり、日本語を含めて数ヶ国語の言語別に1日3ツアー程度行われています。
市街のほぼ中央、ナイル川河畔にある神殿跡です。
カルナック神殿の付属神殿として紀元前14世紀の新王国時代の初期にアメンホテプ3世が造営したものです。
正面幅50m、奥行き260mで、塔門や列柱室などが順に建てられ、一番奥にアレキサンダー大王の至聖所があります。
参道はカルナック神殿同様にスフィンクス像が両側に並んでおり、かつてはカルナック神殿との間3kmを結んでいた名残りです。
また正面にある高さ25mのオベリスクはもともと左右2本ありましたが、右側が1833年にフランスに寄贈され、現在パリの「コンコルド広場」に立っています。
ルクソール神殿の北東1kmのナイル川河畔にある1975年開館の博物館です。ルクソール地域で発掘された遺物を展示しています。
「トトメス3世立像」や「アメンホテプ3世像」などの彫像の他、イクナトン神殿から運ばれた彩色レリーフのある18mの壁などがあります。
ルクソール神殿の北0.3kmにある、1997年にオープンしたミイラに関する小さな博物館です。
実物のミイラや棺の他、当時の医師が使ったミイラ用の器具、葬儀の絵画などがあります。
ナイル川のフェリーの船着場から西へ2kmの、道路沿いにある高さ20mの2体の座像です。
紀元前14世紀の新王国第18王朝時代のアメンホテプ3世の像で、建設当時はこの背後に巨大な葬祭殿があったといわれています。
2体とも気候や地震で傷みが激しくなっています。
メムノンの巨像の北1kmにある、紀元前13世紀頃の新王国第19王朝で66年間王位にあったラムセス2世の葬祭殿跡です。
ラムセス2世は自己顕示欲が強かったといわれ、広大な敷地にかつては巨大な建物や石像があったと推定されています。
現在は部分的に建物が残り、壁の「カデシュの戦い」のレリーフが有名です。
ラムセウムの西2km、山間部の谷あいにある中王国第19王朝以後の王族の墓地です。
王妃だけでなく王子や高官などの墓もあり、100基ほどが確認されています。
見学ができるのは、全体で最も立派なラムセス2世の王妃「ネフェルトイリの墓」、「アメンホルコプシェフ王子の墓」、「カーエムワセト王子の墓」、「ティティ王妃の墓」です。
ラムセウムの南西1kmにある遺跡群です。
さまざまな年代の遺跡が混在して集まっており、新王国第20王朝時代の「ラムセス3世葬祭殿」や、第18王朝時代の「トトメス3世の小神殿」などが比較的保存状態よく残っています。
ラムセウムの西1kmにある、「王家の谷」造営の職人や石工などの家族が住まわされた集落跡です。
新王国第18王朝のトトメス1世が設置したといわれ、王墓造営の秘密が漏れないように、高い壁で集落が囲まれていました。
最盛期には700人ほど住んでいたといわれ、隔離生活ながら生活が保障され、内部の自治権も持ち、教育水準も高かったといわれます。
ラムセウムの北西1km、背後に崖が迫る平地のデル・エル・バハリ(Deir el Bahari)地区にある葬祭殿です。
新王国第18王朝のトトメス3世から実権を奪い、国を経済的に向上させた女王ハトシェプストが建てたもので、ステージのようなテラスを3段階つけているのが特徴です。
なお隣には「メンチュホテプ2世葬祭殿」、奥に「トトメス3世神殿」があります。
1997年にテロリストにより日本人10人を含む観光客60人が銃で襲撃され死亡した事件がここで起こっています。
デル・エル・バハリの北西、岩山に囲まれた谷に紀元前17世紀から紀元前11世紀に至る新王国のすべての王が埋葬されている地です。
現在62基が確認されており、崩落や修復中などで見学できるのは10数墓です。
最大のものはラムセス3世墓で、1922年には有名なツタンカーメン王の墓が盗掘がない完全な形で発見されています。
ルクソールの南50km、ナイル川西岸にある町です。
紀元前3世紀のプトレマイオス朝時代に造られ、羊の頭を持つ創造神クヌムを祀る「クヌム神殿(Khnum Temple)」があり、その列柱室だけが残っています。
建物は当時からナイルの土砂の堆積が進み、町の地面から9mほど下の位置に建っています。
ルクソールの南80km、アスワンの北100kmのナイル川西岸にある町です。
紀元前3世紀のプトレマイオス朝時代に造られた「エドフ神殿(Edfu Temple)」があります。
カルナック神殿に次ぐ大きな規模の美しい神殿で、正面には祀られているハヤブサの頭を持つホルス神の像があります。
アスワンの北50km、ナイル川東岸の丘の上にある遺跡です。
ワニの頭を持つセベク神と、ハヤブサの頭を持つハロエリス神を祀る「コム・オンボ神殿(Kom Ombo Temple)」があります。
壁面にさまざまなレリーフが刻まれています。保存状態はあまりよくないようです。
エジプト南部、ナイル川東岸の町で、エジプト最南端の人口20万人ほどの都市です。町の南方にナイル川を堰き止めたアスワン・ダムとアスワン・ハイ・ダムがあり、その上流はダム湖の「ナセル湖(Lake Nasser)」になっています。
この町付近から南は、黒人に近いヌビア人が住んでおり、温厚な性格から町自体がのんびりした雰囲気をしています。ナイル河畔の冬のリゾート地でもあり、青いナイル川をクルーズする白い帆のヨット「フルーカ(Felucca)」が名物です。
アスワンの地図
アスワン近郊の地図
市街の南1km、花崗岩の石切り場に残されている未完成のオベリスクです。長さ41m、重さ1170tほどの柱が切りかけの状態で残っています。
紀元前16〜14世紀頃のものと推定され、製作中にひびが見つかったために放置されたものと考えられています。
完成すればエジプト最大のものとなるはずだったといわれています。
市街の南西、ナイル川に浮かぶ長さ2kmほどの中洲の島です。
古代の要塞だった島で、島の南端には羊の頭を持つクヌム神を祀る「クヌム神殿(Khnum Temple)」をはじめいくつかの神殿が残り、近くにはローマ時代に造られたナイル川の水位を測る階段「ナイロメーター(Nilometer)」があります。
また「アスワン博物館(Aswan Museum)」には周辺の神殿跡や遺跡から出土した遺物を展示しています。
島にはフェリーで渡れます。
エレファンティネ島の北西に浮かぶ島です。
19世紀末にイギリスのキッチナー将軍が世界から集めた熱帯植物を植えはじめ、現在も生育して花や実をつける植物園の島となっています。
定期船はなくフルーカでの訪問になります。
エレファンティネ島の北、市街中心部からナイル川を隔てた対岸の丘の中腹にある遺跡です。
エジプト古王国時代からローマ時代にかけての貴族の岩窟墳墓が集まっています。
夜にはライトアップされてアスワンの町からも眺めることができます。
アスワンの南7km、アスワン・ダムのすぐ上流に浮かぶアルギキア島(Algikia Island)にある女神イシスを祀った神殿です。
エジプト王国末期、紀元前4世紀の第30王朝時代に造られた神殿で、2つの大きな塔門があります。
元来は隣のフィラエ島(Filae Island)にありましたが、上流のアスワン・ハイ・ダム建設によって神殿が水没するため、ユネスコの協力で9年の歳月をかけて1980年に移築されたものです。このためアルギキア島をフィラエ島と呼び、イシス神殿もフィラエ神殿と呼ぶようになっています。
アスワンの南15kmにある巨大ダムで、高さは111m、長さは3.6kmに及びます。
下流7kmにある1902年完成のアスワン・ダムの力不足を解消するために1970年に完成したもので、ナイル川の氾濫の防止や発電が可能になり、農業用水の安定や、砂漠の緑化に寄与しましたが、一方で生態系の破壊との批判もあります。
上流のダム湖「ナセル湖」は、建設を行ったナセル大統領を称えて名付けられ、琵琶湖の7倍以上の面積を持ち、長さは500kmを越えて南のスーダンまで続いています。
アスワン・ハイ・ダムの南3kmのナセル湖畔にある神殿です。
紀元前1世紀にローマのオクタビアヌス・アウグストゥスが建設したもので、壁面には神々のレリーフが残ります。
元来はさらに40km南の地にありましたが、ダム建設による水没のため1970年に現在の位置に移築されたものです。
神殿の周辺には、紀元前13世紀にラムセス2世が建てた「ベイト・エル・ワリ神殿(Beit el Wali)」や、ハトホル神を祀る小さな礼拝堂跡「ケルタシのキオスク(Kiosk of Qertassi)」も移築されています。
アスワンの南西250km、スーダン国境に近いナセル湖畔にある神殿です。
紀元前13世紀、新王国第19王朝のラムセス2世が造営した神殿で、大小2つの神殿があります。
大神殿は岩山を切り崩して造った高さ33m、幅38mの神殿で、正面に高さ20mの4体のラムセス2世の座像が並んでいます。内部には列柱室や至聖所があり、年2回だけ朝日が至聖所を照らす仕組みになっています。
大神殿の北には王妃ネフェルタリのために建てた小神殿があり、正面に4体のファラオ像と2体の王妃像、内部にはホールや礼拝堂があります。いずれもダム建設の水没で1968年までに移築されたものです。
毎晩大神殿前では「音と光のショー」が催され、日本語をはじめ7ヶ国語のナレーションをイヤホーンで聞きながら楽しむことができます。
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