モロッコはアフリカ大陸の北西端に位置する国です。
北岸は地中海、西岸は大西洋に面し、その境に地中海の出口となる狭いジブラルタル海峡があり、その北側にスペインが近接します。
古代はフェニキアやローマの支配を受けた地で、7世紀からアラブ人が進出してイスラム教が浸透しました。
中世はいくつもの王朝が交替し、1664年に成立したアラウィー朝が現在まで王室として続いています。
20世紀初めにフランスが植民地化し、ドイツの干渉や、スペインへの部分的な地域の割譲など、ヨーロッパ列強の支配を受けましたが、1956年に独立を果たしました。
砂漠にイスラム国家という組み合わせの、エキゾチックなムードを持つ国です。
面積 : 45万ku(日本の1.2倍)
人口 : 3195万人(2010年)
人種 : アラブ人(7割)、他はベルベル人など
言語 : アラビア語とフランス語が公用語です。
一般には独特のマグレブアラブ語を話します。
宗教 : イスラム教が国教です。
キリスト教、ユダヤ教も禁止はされていません。
《気候》
地中海沿岸は乾燥した夏と雨季の冬を持つ地中海性気候、西部大西洋岸は熱帯気団に覆われ晴天が多ですが、寒流の影響で比較的過ごしやすいです。内陸のアトラス山脈以南は砂漠気候です。
《時差》
日本標準時 − 9時間です。
6〜9月にサマータイムが実施される時は 日本標準時 − 8時間となります。
《アクセス》
日本からの直行便はなく、パリからカサブランカまで3時間です。
《ビザとパスポート》
ビザは観光で3ヶ月以内の滞在なら不要です。
パスポートの残存有効期間は、3ヶ月+滞在日数あることが必要で、パッケージ・ツアーなら帰国日まで有効であればOKです。
モロッコ大西洋岸の中北部にある人口350万人のモロッコ最大の都市で、商業・金融の中心地です。
12世紀には貿易港として栄えましたが、15世紀にここを拠点とする海賊の襲撃に業を煮やしたポルトガルが破壊しました。その後の再建によって町の名はスペイン語で「白い家」を意味する「カサブランカ」になりました。
カサブランカ中心部の地図
市街中心部の北、カサブランカ港近くにある旧市街です。
城壁に囲まれた東西・南北とも1kmほどの地域で、18世紀の市街再建以来の町並が残っています。20世紀のフランス植民地時代もこの市街を保存するように都市が造られたということです。
細い迷路のような路地に、野菜や香辛料、雑貨、工芸品などの店がひしめき合っています。
メディナの北西1kmの海岸近くにあるモロッコ最大のモスクです。
1993年に完成した新しいモスクで、9haの広大な敷地に、2万5千人収容の巨大な礼拝堂があり、敷地全体では8万人が入れるといいます。
また市内のどこからも見える、200mという世界一の高さを誇るミナレット(尖塔)があります。
夜にはライトアップがされ、扉やエレベーターはコンピューター制御という現代的なモスクです。
メディナの南、市の中心部にある広場です。
官庁の建物の他、劇場や映画館、ショッピングセンター、ホテル、レストランなどが集まる繁華街となっています。
市街の西7kmにある海浜リゾートです。1960年代から開発され、大西洋に臨む海岸約1.5kmにわたって高級ホテルやレストランなどが建ち並びます。
海水浴シーズンは4〜10月ですが、市内から近いため年中賑わっています。
カサブランカ北東90km、大西洋に臨む人口120万人のモロッコの首都です。12世紀に都が置かれましたが衰退し、時代が下って1912年に首都に返り咲きました。
白壁の建物やヤシの並木、緑の公園が点在する落ち着いた町です。ブー・レグレグ川(Oued Bou Regreg)が市街を流れ、河口の南側に旧市街(メディナ)があり、中心部はさらにその南側に広がっています。
じゅうたんの製造地のひとつとして知られています。
ラバトの地図
メディナの南東1kmにある、モロッコ建国の父といわれ1961年に死去した前国王モハメド5世の霊廟です。
1973年の完成で、モロッコの伝統建築技術の粋を集め、美しい彫刻が施された建物です。
中には、モハメド5世と、弟のムーレイ・アブドゥラの白い石棺が安置されています。
モハメド5世廟の敷地内にある、12世紀のムワヒド朝時代に構想された巨大モスクの一部をなす塔です。
1195年にスルタン・エルマンスールが建設を開始しましたが、死去により頓挫してしまったもので、当初計画の半分の44mの高さで未完に終わっています。
周囲には約360本の小さな石柱も残されています。
メディナの南2kmにある、現国王が住む宮殿です。
1864年の建造で、夜はライトアップがされます。内部の見学はできません。
メディナの北、ブー・レグレグ川の河口にある要塞跡です。
12世紀のムワヒド朝時代の建設で、周囲は城壁に囲まれ、内部は迷路のような路地があり、現在は白い壁の民家が集まっています。
18世紀にウダイヤ・アブフ族の軍隊を駐屯させたことが名前の由来になっています。
公園になっている「ウダイヤ庭園」があり、敷地内には民族楽器やベルベル人の風俗を展示する「ウダイヤ博物館」もあります。
王宮の東1km、ブー・レグレグ川の西岸にある古代ローマ時代の遺跡で、当時は「サラ」という町の名でした。
邸宅や浴場跡などが残り、中世のミナレットや墓地なども残っています。
ブー・レグレグ川の北岸の地区で、ラバトより早い11世紀に建設された町です。13〜16世紀に造られた建物が多く残っています。
「シディ・アブダラ・ハッサン廟」、「グラン・モスク」、「アブ・アル・ハッサン神学校」などのスポットがあります。
ラバトの東120kmにある人口50万人余の都市です。10世紀頃にベルベル系のメクネッサ族によって建設された町で、17世紀にはアラウィー朝の都が置かれました。
城壁に囲まれた町全体が世界遺産になっています。
市街中心部、旧市街(メディナ)を囲む城壁の南側にある門で、北アフリカで最も美しいといわれています。
ムーレイ・イスマイル王が着手し、その息子ムーレイ・アブダラーが1732年に完成させたものです。
キリスト教からイスラム教に改宗した建築家マンスールの設計といわれ、全体が青と緑のタイルで飾られ、中央に大きな馬蹄形のアーチがあります。
門の前にはメディナの広場である「エディム広場(Place Hedim)」があります。
マンスール門の南0.3kmにある、17〜18世紀にモロッコの基礎を築いたムーレイ・イスマイル王や王妃などを祀る墓廟です。
イスラム芸術の傑作といわれる美しいモザイクの壁面や漆喰の彫刻、中庭には大理石の噴水があります。
ここはイスラム教徒以外でも中に入ることができます。
メディナの南東1.5kmにある建物で、「水の館」の意です。
かつて馬が円運動して螺旋ポンプを回し、大量の地下水を汲み上げていた施設で、当時の都の飲料水をこれでまかなっていたということです。
近くには当時の巨大な「穀物貯蔵庫(Heri es Souani)」があり、西方には「アグダルの貯水池(Bassin de l'Agdal)」があります。
ムーレイ・イスマイル廟の南西、リフ門(Bab er Rih)から数百mまっすぐに続く、石壁に挟まれた道です。通称で「風の道」と呼ばれています。
ダル・エル・マ方面に続いており、観光用の馬車などで通ることができます。
メクネスの北30kmの丘陵地にある町です。
8世紀にアラビア半島から来たムーレイ・イドリス1世が、モロッコ初のイスラム王朝を建国し、その都を置いた地です。
お碗を伏せたような小さな丘に、白い壁の建物がぎっしりと建っています。
中心にある「ムーレイ・イドリス1世の廟」はイスラム教徒のみしか入れないモロッコの聖地ともなっており、8月の祭りの時期には全国から巡礼者が集まり、町はごった返すということです。
ムーレイ・イドリスの北3kmにある、3世紀頃のローマ属領時代の都の遺跡です。
40haという広さのモロッコのローマ遺跡としては最大の規模で、1915年から発掘が行われています。遺物の多くはラバトの考古学博物館に収蔵されています。
カラカラ帝の凱旋門を中心に、神殿や浴場の他、モザイクタイルが施された建物跡などの遺跡が残っています。
世界遺産に登録されています。
メクネスの東北東60kmにある、人口80万人弱の都市です。808年、北アフリカで最初のイスラムの都として、ベルベル人のムーレイ・イドリス2世が建設した町です。
当時からの「旧市街(フェズ・エル・バリ/Fès el Bali)」と、その南西に13世紀から15世紀にかけてマリーン朝の都が置かれた「新市街(フェズ・エル・ジェディド/Fès el Jédid)」から成っており、旧市街が世界遺産となっています。
旧市街は道が狭くて現在も車が入れず、ロバや馬が行き交い、過去にタイムスリップしたような錯覚になります。
新市街と旧市街西側の地図|旧市街東側の地図 : 地図下の観光スポット名にカーソルを当てると位置を表示します。
市の中心部にある、周囲を11世紀の城壁で囲まれた旧市街です。
東西2.2km、南北1.2kmの範囲に大小1000といわれる通りが迷路のように入り組み、「世界一の迷宮都市」といわれます。
市街には野菜や果物、香料、雑貨などの店が並んで活気があります。入り口は西の端の「ブー・ジュルード門(Bab Bou Jeloud)」になります。
フェズ・エル・バリ内、ブー・ジュルード門の東にある、14世紀のマリーン朝時代に建てられた神学校です。
ムーア様式の代表的な建築で、幾何学模様のモザイクや華麗な彫刻が施された豪華な建物です。大理石とメノウを敷き詰めた中庭もあります。
現在は礼拝堂として使われています。
フェズ・エル・バリのほぼ中央、ブー・イナニア神学校の東0.7kmにある墓廟です。
町の建設者ムーレイ・イドリス2世を祀った廟で、現在は修道院となっています。
町の守護聖人として崇められ、15世紀以後イスラムの巡礼地となっています。中にはイスラム教徒しか入れません。
ムーレイ・イドリス廟の東0.3kmにあるモスクです。
859年に礼拝堂として建てられ、以後拡張されて大学の役目も果たし、アラブ諸国から多くの留学生が集まりました。
建物の壁面は幾何学模様やアラビア文字の美しいタイルが散りばめられ、中庭には大理石の噴水があります。
カラウィーン・モスクの北西にある市場です。
「アッタリーン」は”香料”の意で、赤唐辛子をはじめ、胡椒、ターメリック、シナモンなど多くの香辛料が揃っています。
この周辺が旧市街でも特に賑やかな地域です。
アッタリーン・スークの東にある神学校です。14世紀に建造されたもので、近くのアッタリーン・スークの名を冠しています。
建物の壁面や扉には繊細な彫刻が施され、中庭には大理石の噴水があります。
カラウィーン・モスクの東0.3km、旧市街を流れるフェズ川周辺の「なめし革職人」の集まる地区です。
革を水洗いしたり、染織作業をしたりする様子を見ることができます。
フェズの名物の風景ですが、生の毛皮の悪臭が立ち込めるため、見学には覚悟が必要です。
ブー・ジュルード門の北0.5km、旧市街北の小高い丘にある要塞跡です。頑強な石造りで、現在は「武器博物館」となっています。
旧市街の眺めがよい随一のスポットとなっています。
ラバトの北北東220km、モロッコの最北端に位置する人口70万人弱の都市です。ジブラルタル海峡(Strait of Gibraltal)の西側にある港町で、古代フェニキアの交易都市から発展した歴史があります。
30km北の対岸はスペインで、北東50kmにあるアルヘシラス(Algeciras)へファリーが出ている海の玄関です。
なお名称は日本では英語やドイツ語読みの「タンジール」とも読みますが、フランス語読みの「タンジェ」のほうが一般的のようです。
タンジェのメディナの地図 : 地図下の観光スポット名にカーソルを当てると位置を表示します。
港の西の丘に広がる旧市街です。東西・南北とも0.5kmほどの範囲で城壁に囲まれ、その南側に新市街が広がっています。
内部は狭い通りが迷路のように入り組み、民家や商店、市場(スーク)などが密集して活気にあふれています。
東寄りには「グラン・モスク」があり、北西端には要塞跡の「カスバ(Kasbah)」があります。
カスバの東側にある王宮だった建物です。
17〜18世紀のムーレイ・イスマイル王時代に建設されたもので、1912年に役目を終えて後に博物館になりました。
タンジェの西10kmにある岬です。
地中海がジブラルタル海峡を経て大西洋に出る地点にあたり、先端には四角い灯台が建っています。広大な大西洋や、対岸のスペインの山並みを眺めることができます。
岬の南4kmの海岸には、「ヘラクレスの洞穴(Grottes d'Hercule)」と呼ばれる海食洞があります。
タンジェの南南西40kmの大西洋岸にある小さな港町です。
紀元前4世紀にフェニキア人の植民地だった地で、17世紀には要塞となり、城壁に囲まれて白い家並みが集まっています。
毎年8月に芸術祭が開かれ、町の白い壁がキャンバスとなって芸術家が作品を描きます。
タンジェの南東50km、山の中腹に広がる町で、以前はティタウィン(Titawin)と呼ばれました。
8世紀のイスラム時代から、モロッコとスペインのアンダルシア地方の接点となっており、15世紀まで続いたスペインからのイスラムの撤退(レコンキスタ)の後に、アンダルシアの難民がスペイン風の町並みに再建したものです。
当時の町並みが残る旧市街が世界遺産に指定されています。
テトゥアンの南50kmの山間部にある小さな町で、正式にはシェフシャウエン(Chefchaouene)と言います。
山の斜面に旧市街が広がり、市街の中の建物が白と青に塗られています。
テトゥアンと同様、モロッコらしからぬ町の雰囲気があり、スペイン方面からの観光客も多く訪れます。
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