チュニジアは、アフリカ大陸の最北端、地中海に面する小さな国です。地中海をはさんで北東200kmには、イタリアのシチリア島があります。
紀元前9世紀にはフェニキア人の交易拠点としてカルタゴが建設され、その後ポエニ戦争を経てローマ帝国の属州となりました。
7世紀にはアラブ人が侵入してイスラム化、中世には自治王朝が交代し、16世紀にはオスマン・トルコの支配下に入りました。
19世紀にはフランスが侵攻して保護領となりましたが、20世紀に入って長い独立運動の後1956年に独立を果たしました。
アフリカ大陸、イスラム世界というエキゾチックなイメージに、近代的なフランス支配の影響が残り、ヨーロッパ人にも人気の国となっています。
比較的治安がよく、イスラムの戒律も穏健ということで、旅行のしやすい国です。
面積 : 16万ku(日本の半分弱)
人口 : 997万人(2004年)
人種 : アラブ人、ベルベル人
言語 : アラビア語(公用語)。フランス語も広く通じます。
宗教 : イスラム教がほとんどで、キリスト教、ユダヤ教がわずか
《気候》
地中海沿岸は乾燥した夏と雨季の冬を持つ地中海性気候、中部内陸部は日較差の大きい大陸性気候、南部は雨がほとんど降らない乾燥した砂漠気候です。
《時差》
日本標準時 − 8時間です。
サマータイムは原則としてありませんが、過去に実施されたことがあります。
《アクセス》
日本からの直行便はなく、チュニスまでパリから約2時間30分です。
《ビザとパスポート》
ビザは観光で3ヶ月以内の滞在なら不要です。
パスポートの残存有効期間は、3ヶ月+滞在日数あることが必要です。
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★世界遺産
・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
チュニジア北部にある人口80万人ほどの首都で、東にチュニス湾を臨みます。
元来は北東郊にあるカルタゴの衛星都市でしたが、ローマ時代以降は長い間この地域の中心都市としての役割を担ってきました。8世紀以後のイスラム王朝の遺物が市内に多く残っています。
チュニス中心部の地図 : 中央の楕円状の大通りに囲まれた地域が旧市街(メディナ)です。
チュニス中心部にある東西0.7km、南北1kmほどの旧市街です。
8世紀から建設が始まり、12世紀には首都の中心として発展しました。道路が迷路のように入り組み、さまざまな店やカフェ、市場が点在します。
中心には9世紀に建造された「グランド・モスク(Jemaa ez-Zitouna/Zitouna(Great) Mosque)」があり、メディナの東の入り口「海の門(フランス門)(Porte de France)」も観光客が集まるスポットです。
市街中心部から西4kmにある、世界有数のモザイク・タイル画を所蔵する博物館です。
1882年創設で、3階建ての建物は13世紀のオスマントルコの宮殿だったものです。
全館にわたって古代からのモザイク作品を多数展示し、その収蔵量は世界一といわれ、「チュニジアのルーブル」とも呼ばれます。
チュニスの北北東15km、チュニス湾沿いにある都市国家遺跡で、紀元前814年にフェニキアの女王ディド(エリッサともいいます)が建設したと伝承されています。
紀元前3世紀から紀元前2世紀の3度のポエニ戦争で一時廃墟となりましたが、ローマ時代に復興、発展しました。
7世紀のアラブ侵攻以後、11世紀には都がチュニスに移って再び廃墟となりました。
「ピュルサの丘」と呼ばれる高台がかつての都の中心で、現在は博物館が建っており、周辺には2世紀にローマのアントニヌス帝が造った「アントニヌスの浴場」、軍艦が出入りしたという「カルタゴ港」、古代神を祀る墓地「トフェ」、1万人を収容したという「ローマ劇場」などの遺構が残っています。
カルタゴのすぐ北にある町です。
青い地中海を見下ろす高台に、白壁と青い扉の家並みが続く美しい高級住宅地があり、チュニジアでは最も美しいおしゃれな景観となっています。
景観を守るためにこれらの配色が条例で定められているということです。
チュニスの南東60km、南にハマメット湾を臨むリゾート地です。
20世紀初めのフランス植民地時代にリゾート開発され、作家のジイドや画家のクレーなどの芸術家が愛した町として知られています。
町は2世紀に建設されましたが、残る建造物はアラブ時代以後のものばかりで、「旧市街(メディナ)」には城壁で囲まれた「要塞(カスバ)」が残っています。東15kmにある焼き物の町・ナブール(Nabuel)も見所です。
チュニスの南50kmにある遺跡です。
標高1295mのザグーアン山を水源とし、ここから都カルタゴまで水を送る世界最長という132kmに及ぶ水道橋が2世紀のハドリアヌス帝時代に建設されました。
取水口や貯水場の他、水道橋も20kmにわたって残っています。
チュニスの西130kmにある遺跡です。
紀元前4世紀頃にこの地域の先住民族であるベルベル人系が作ったヌミディア王国の都だった地です。
地中海一帯に強力な騎兵を有していましたが、後に滅ぼされて廃墟となったものです。
暑い夏を地下住居で過ごすという、独特の地上・地下の二重構造の住居遺構がある他、精巧なモザイク・タイルも多く残されています。
チュニスの南西110kmにあるチュニジア最大のローマ都市遺跡です。
紀元前後頃から発展をはじめ、4世紀頃の最盛期には人口は1万人を数えたとされています。
168年に建造された3500人収容の「ローマ劇場」、ジュピター・ジュノー・ミネルバの3神を祀る神殿「キャピトル」などをはじめ、浴場、貯水場、墓地などたくさんの都市遺構が比較的良好な保存状態で残っています。
チュニスの南130kmにある、東にハマメット湾を臨む町です。
紀元前9世紀にフェニキア人によって拓かれ、中心部の港近くには7世紀に造られた「旧市街(メディナ)」があります。
南北700m、東西500mほどの範囲で、周囲は高さ8mの城壁で囲まれています。
その北寄りの位置に9世紀に建造された「グラン・モスク」があり、その近くに旧市街最古の8世紀末に建造された要塞「リバト」があります。
この旧市街が世界遺産に指定され、その北部海岸一帯は国内随一の海浜リゾート地になっています。
スースの南60kmにある小さな町で、町に残る唯一のローマ遺跡「円形競技場(コロセウム)」が世界遺産に登録されています。
紀元前230年にローマのゴルディアン帝が建設したもので、3万人が収容でき、規模としてはローマ、ベローナに次ぐ世界第3位という壮大なものです。
保存状態はローマのものよりも良く、現在もオペラや演劇に使われています。
スースの西南西50km、670年に建設されたマグレブ(チュニジアを含むイスラムの北西アフリカ諸国)最古の都市で、イスラム4大聖地のひとつに数えられる町です。
当時のマグレブの中心地だった町で、「旧市街(メディナ)」は東西1.3km、南北0.7kmの城壁に囲まれています。
旧市街には、マグレブ最古の「グラン・モスク(別名:シディ・ウクバ・モスク(Sidi Oqba Mosque)」、壁一面に美しいアラベスクで飾られた「シディ・サハブ霊廟」、9世紀に造られて現在も水源としている「アグラブ朝の貯水池」などのスポットがあります。
なお「カイルアン」は発音の仕方にもより、「ケロアン」、「ケルアン」、「カイラワン」など表記にばらつきがあります。
スースの西南西150km、チュニジア中西部にある町スベイトラ近郊にある遺跡です。
7世紀半ばにビザンチン帝国の都市だったものが、アラブの攻撃で壊滅したという遺跡で、チュニジアにおけるローマ時代最後の遺跡です。
当時の神殿や教会、浴場、劇場などの遺構が残っています。
チュニジア中東部、ガベス湾の南に浮かぶ東西、南北とも25kmほどのチュニジア最大の島で、古くはホメロスの「オデッセイ」にも登場します。本土に近く、道路が橋でつながっています。
ナツメヤシが多く繁る国内最大のリゾートの島ですが、リゾート向けの海岸はホテルのプライベート・ビーチとなっています。
中心地は北岸のフームスーク(Houmt Souk)で、アラブ人とユダヤ人が仲良く共存しています。
島内にはユダヤ寺院や、中世の砦跡など、いくつものスポットがあります。
ガベス湾西奥にある南部の工業都市ガベス(Gabès)の南50kmにある町です。
先住民ベルベル人が竪穴式住居に住んでいることで知られます。地面を直径数十m、深さ5〜6mに掘り下げ、その円形の壁面に出入り口となるような横穴を掘って住居とするもので、住民の半数がこれで生活しています。
映画「スターウォーズ」のロケ地ともなった町です。
ガベスの南南西120km、サハラ砂漠の只中にあるオアシスです。
広大なサハラ砂漠から見ればその端に近い位置ですが、十分に砂漠を満喫することができます。
比較的設備の整ったテントのホテルがあって、宿泊も可能です。ラクダに乗って砂漠を歩くツアーもあります。
ガベスの西南西110km、サハラ砂漠の北の入り口にあるオアシスの町で、町の外には砂丘が広がっています。
ラクダや4WD車による砂漠を満喫するツアーがあります。
ドゥーズの北西100km、アルジェリア国境に近いオアシスの町です。
かつては「ローマン・アフリカの果て」と呼ばれた大オアシスで、空港もある南部チュニジア観光の拠点です。
ナツメヤシの林が広がり、市街の中心(メディナ)には日干しレンガを幾何学模様に積み上げた建物が多くあります。
砂漠の動物や昆虫を飼育している動物園もあります。
チュニジア南西部に広がる広大な塩湖です。
海面下12mの低地にあり、水深は浅いですが満水時には東西120km、南北80kmに広がります。
夏には水が涸れ、塩の層が現れる湿地になります。湖の北西岸にトズール、南東岸にドゥーズが位置します。
トズールの西南西25kmにある小さなオアシスの町です。チュニジアにおけるイスラム教の聖地で、カイルアンに次ぐ重要な地です。
旧市街は日干しレンガを幾何学模様に積み上げた建物が多く、住宅地の中に聖者の廟が点在します。
谷間にある「ネフタの花かご」と称される美しいオアシスがスポットとなっています。
トズールの北50km、アルジェリア国境に近い峡谷にある山岳オアシスです。
シェビカ(Chébika)、タメルザ(Tamerza)、ミデス(Midès)というオアシスが、起伏のある山岳地帯に点在します。
オアシスを巡る観光ルートではありますが、1969年に大洪水が起こり、これらオアシスの村々は廃墟同然となっています。
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