オーストリアは、西半分はドイツ、スイス、イタリアに接し、東半分はチェコ、スロバキア、ハンガリー、スロベニアに接する、西欧と東欧の接点にある国です。
中世から近世にかけて、ハプスブルグ家による強大な帝国の中心であった地ですが、崩壊後は共和制に移り、1938年にはナチス・ドイツに併合されました。第二次大戦後、連合国から1955年に独立し、以後永世中立国となっています。
ドナウ川の流れる音楽の都ウィーン、映画「サウンド・オブ・ミュージック」の舞台ザルツブルクをはじめ、歴史ある町とアルプスの自然の両方が楽しめる国です。
なお、2006年11月からオーストリア大使館は、混同を避けるために「オーストリー」という表記も奨励していますが、公式には従来どおり「オーストリア」という表記を使っています。
このページではウィーンとドナウ川沿いのスポットを紹介します。
面積 : 8.4万ku(北海道よりやや広め)
人口 : 828万人(2006年)
人種 : ドイツ系(9割)
言語 : ドイツ語
宗教 : カトリック(8割)、プロテスタント(1割)
《気候》
全般に大陸性の気候で、夏は30度を越えることはあっても過ごしやすいですが、冬は寒さが厳しいです。
《時差》
日本標準時 − 8時間です。
3月最終日曜日〜10月最終日曜日は 日本標準時 − 7時間になります。
《アクセス》
ウィーンまで成田空港から12時間25分です。
《ビザとパスポート》
ビザは観光で6ヶ月以内の滞在なら不要です。パスポートは残存有効期間が滞在日数以上あることが必要です。
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★世界遺産
・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
オーストリア北東部、ドナウ川沿いにある人口160万人の首都です。
13世紀から第一次大戦後の1918年までヨーロッパに君臨したハプスブルク家の都で、華やかな貴族文化が栄え、宮廷音楽が発展してクラシック音楽の都となりました。
19世紀の治水工事でドナウ川の本流は町の北東部を流れ、旧市街で見られるのは支流の「ドナウ運河(Donaukanal)」です。市街の西方には広大な「ウィーンの森(Wienerwald)」が広がっています。市内には多くの歴史的建造物の他、モーツァルトやベートーベンをはじめ多くの大作曲家の像があちこちにあります。
なお市名は現地語では「ヴィーン」と発音し、英語では変形されて"Vienna(ヴィエナ)"です。
ウィーン中心部の地図 : 地図上をクリックすると4つの拡大図が出ます。
ウィーン周辺部の地図
ウィーンの中心部、ドナウ川支流のドナウ運河の南側の地域です。
かつて市を囲む城壁と濠があったところは4kmの環状道路「リング(Ring)」となり、その内側が旧市街となっています。
主な歴史的建造物はこの地域に集中しており、歴史地区として世界遺産に登録されています。
旧市街の中心にある大聖堂で、ウィーンのシンボルです。
12世紀中頃にロマネスク様式で着工し、14世紀にゴシック様式で建設されて1511年に完成したものです。
国内最大の規模で、高さ61mの北塔と、市民に「シュテッフル(Steffl)」の愛称で親しまれている高さ137mの南塔の2つの尖塔が特徴です。
シュテファン大寺院の西向かいにある1990年に完成したビルです。ミラーガラス張りの曲面を多く使った現代建築で、店舗や事務所が入っています。
大聖堂が建つ旧市街の中心のため、建設当初は大きな非難を浴びましたが、今では新しいウィーンの顔として定着しつつあります。
ハース・ハウスから北西に延びる目抜き通り「グラーベン(Graben)」沿いにある、彫像が刻まれたバロック様式の大理石の柱です。
1679年にウィーンでペストが発生し、皇帝レオポルト1世がその終息を願って造ったものです。
宗教的テーマが三面に彫られた台座の上に、天・地・地獄という”三位一体”の彫刻塔が載っています。
グラーベンの東にある教会です。
8世紀頃の創建といわれるウィーンで最古の教会の一つで、13世紀にロマネスク様式、18世紀にバロック様式に改築されています。
内部には豪華な祭壇やフレスコ画があります。
シュテファン大寺院の南東にある作曲家モーツァルトが住んだ家です。
ウィーンで転々と住居を変えた中でここが現存する唯一の場所で、28歳から4年ほど住み、歌劇の代表作「フィガロの結婚」をはじめ円熟期の作品を数多く残しています。
抜本的な改修工事が行われ、2006年1月から再公開されています。
シュテファン大寺院の北、ウィーン最古の広場「ホーアー・マルクト(Hoher Markt)」にある仕掛け時計です。
小路に向かい合う建物の空中回廊に1913年に設置されたもので、12人のウィーンゆかりの人物の人形が毎時報に交代で登場し、正午にはすべての人形がパレードするようになっています。
シュテファン大寺院の西0.5kmにある、14世紀から1918年までハプスブルク家の居城だった広大な宮殿です。
長い期間に拡張し続けたため多岐にわたる建築様式があり、18のウィングに2600余の部屋があります。
「スイス宮(Schweizerhof)」は現存する最古の13世紀の建物で、旧王宮の中心にあり、その周りに15世紀の「王宮礼拝堂(Burgkapelle)」や16世紀の「アマリア宮(Amalienburg)」、17世紀の「レオポルト宮(Leopoldinische Trakt)」があります。ハプスブルク家の財宝を展示する「宝物館(Schatzkammer)」や豪華な内装の「国立図書館(Natioanalbibliothek)」も隣接します。
旧王宮の南側には1913年に完成した壮大な「新王宮(Neue Hofburg)」があり、内部にはいくつもの博物館になっています。北西側に「英雄広場(Heldenplatz)」、南西側に「王宮庭園(Burggarten)」が広がります。
旧王宮の西側の16世紀の「厩宮(Stallburg)」はウィーン屈指のルネサンス建築で、内部に冬季の乗馬学校だった「スペイン乗馬学校(Spanische Reitschule)」があります。
なお王宮礼拝堂では夏季を除いて毎週日曜日の午前のミサでウィーン少年合唱団の歌声を聴くことができます。
ホーブブルクの南東に隣接する美術館です。1776年創設で、中世の巨匠の絵画から現代アートまで幅広い作品を展示しています。
2003年に抜本的な改修を行って、最先端技術を使った美術館となっています。
ホーフブルクの南西側、リングをはさんだ向かいにある美術館です。
歴代のハプスブルク家が収集した美術品約7千点を収蔵するヨーロッパ屈指の美術館で、建物も1891年に完成したルネサンス様式の美しいものです。
ブリューゲル、デューラー、ルーベンスなどの名作が揃っています。
美術史博物館とマリア・テレジア広場(Maria Theresien Platz)をはさんだ向かいに建つルネサンス様式の博物館です。
1889年の開館で、化石や鉱物、骨格標本など幅広い展示があります。
3万年前の石灰岩の女性像「ビレンドルフのビーナス」や、ニュージーランドの絶滅鳥モアの化石などが見ものです。
ホーフブルクの西、リング沿いにある1883年完成の議事堂です。正面がギリシャ神殿風で、アテネの泉があり知恵の女神が建っています。
楽友協会や証券取引所なども手がけたテオフィル・ハンセンの設計です。
ガイドツアーで見学ができます。
ホーフブルクの北西にある劇場です。1888年に完成したルネサンス様式の建物ですが、第二次大戦で破損し1955年に再建されました。
ヨーロッパでも第一級の劇場で、古典演劇を中心に上演がされています。
ホールの「階段の間」の天井画はクリムト兄弟の作です。
ブルク劇場の西にあるネオ・ゴシック様式の建物です。1883年の完成で、高さ98mの中央塔を中心に高さ60mの4本の塔があります。
美しい中庭の「アルカーデンホーフ(Arkadenhof)」では夏にコンサートが開かれます。ガイドツアーで見学ができます。
ホーフブルクの南東、リング沿いにあるオペラ劇場です。
1869年創建のスネサンス様式の建物で、際二次大戦の戦火を受けて1955年に再建されました。世界最高レベルの音響設備を持っています。
2002年から日本の小澤征爾が音楽監督を務めています。
シュテファン大寺院から国立オペラ座の前を通る、南北に走る目抜き通りで、ホテルやレストラン、ショップが建ち並んでいます。
国立オペラ座のそばにあるホテル・ザッハは、創始者が考案したチョコレートケーキ「ザッハトルテ」で有名です。
国立オペラ座の南東0.5kmにあるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の本拠地のホールです。
1869年の創建で、大ホールの「黄金の間」では定期演奏会の他、元旦のニュー・イヤー・コンサートが開かれます。
定期演奏会は先祖代々の会員が席を手放さないのでチケットはなく、その他の特別公演もすぐ売り切れになって入手は非常に困難です。
内部の見学ツアーがあります。
楽友協会の南にある1739年創建の教会です。
1713年のペスト大流行の際に当時の皇帝カール6世が聖人カール・ボロメウスに終息を願ったところ、翌年に終息したため早速建設を開始し、自分の名と聖人の名の同じ「カール」を命名したということです。
高さ72mのドームはバチカンのサン・ピエトロ寺院を、高さ33mの2本の大円柱はローマのトラヤヌス記念柱を模したといわれています。
楽友協会の北0.4kmにある博物館です。
4階建ての建物はかつて宮殿にもなったもので、ウィーン・フィル創設者のオットー・ニコライが住み、音楽大学が置かれたこともあります。
2階はウィーン・フィルの博物館、3階は音や音楽に関する科学的な博物館、4階は大作曲家を紹介する博物館です。
ウィーン・フィルをバーチャルに指揮することができるコーナーもあります。
シュテファン大聖堂の南東0.5km、リング沿いにある公園です。
園内をウィーン川(Wien Fluss)が流れる市民の憩いの場で、バイオリンを弾くヨハン・シュトラウスの像が有名です。
この他にシューベルトやブルックナーの像もあります。
美術史博物館のあるマリア・テレジア広場の南西側にある、大規模な複合文化施設です。
6万uの敷地に「レオポルト美術館(Leopold Museum)」や「現代美術館・ルートビッヒ・コレクション・ウィーン(MUMOK)」のほか、イベント・ホール、専門店やカフェなどがある現代的な文化エリアとなっています。
市立公園の西北西1kmにある1986年完成の市営住宅です。
建築家フンデルトバッサーが設計したアパートで、直線を排除し、ブロックごとに色が塗り分けられたカラフルなものです。
入居者がいるため内部見学はできませんが、ユニークな建築で一躍観光名所になったものです。
カール教会の南東1kmにあるバロック様式の宮殿です。
17世紀の対トルコ戦争の英雄オイゲン公の夏の離宮で、2つの宮殿から成っています。
住居用に1716年に造られた「下宮」はバロックの美術品を展示する「バロック美術館(Barockmuseum)」となっており、レセプション用に1723年に造られた「上宮」は19〜20世紀の絵画を展示する「オーストリア・ギャラリー(Österreichische Galerie Belvedere)」となっています。
両宮殿の間には緩やかに傾斜した広大なバロック庭園が広がっています。
ホーフブルクの北2.5kmにある2004年に開館の美術館です。
17世紀のバロック様式の建物に、16世紀以後にリヒテンシュタイン家の歴代公爵が収集した美術品を展示しています。
世界最大級のルーベンス絵画のコレクションをはじめとする中世絵画や、彫刻、家具、装飾馬車まで幅広い作品があります。
リヒテンシュタイン美術館の西0.5kmにある国立劇場です。
1898年創立で、オペレッタやミュージカルなどを上演し、国立オペラ座に比べて庶民的な劇場になっています。
フォルクスオーパーの南東0.3kmにある、大作曲家シューベルトが1797年に生まれて4歳まで過ごした家です。
肖像画や本人が弾いたギター、トレードマークの眼鏡も展示されています。
フォルクスオーパーの北東2km、ドナウ運河沿いにあるウィーン市のごみ焼却場です。
外観デザインをフンデルトバッサーが手がけ、色彩豊かなお城のような建物で、球体を使った煙突もユニークです。
1992年竣工で、ダイオキシンの発生を抑え、周辺の暖房の熱源にもなっています。
なお彼のデザインは大阪市のごみ焼却場も手がけています。
旧市街の北東、ドナウ運河の北側にある、ワルツ王ヨハン・シュトラウスが38歳の1863年から7年間住んだ家です。
当時の調度品や楽器、愛用品などの他、写真や資料が展示されています。
旧市街の北2km、ドナウ運河の東にある公園です。1775年にヨーゼフ2世が皇帝の庭園を市民に開放したものです。
1718年にマイセンに次ぐ第2の磁器工房があった地でもあり、「アウガルテン宮殿(Schloss Augarten)」には工房とショールームがあります。
また宮殿はウィーン少年合唱団が寄宿生活を送っている場所としても有名です。
旧市街の東3km、ドナウ運河とドナウ川にはさまれた地域にある6kuに及ぶ広大な緑地です。
かつては王室の狩猟場でしたが、1766年に市民に開放されてます。
地域内には見本市会場や競馬場、遊園地などがあり、大観覧車は映画「第三の男」にも登場しています。
旧市街の南西5kmにあるハプスブルク家の夏の離宮です。
1713年にレオポルト1世がベルサイユ宮殿に対抗して建造したもので、国内最大のバロック建築です。
内装はマリア・テレジア時代にロココ様式の豪華なものに改装され、1441の部屋のうち40室ほどが公開されています。
6歳のモーツァルトが御前演奏をした「鏡の間」や、1815年のウィーン会議で舞踏会が行われた「大広間」などが見所です。
広大な敷地にはバロック庭園や「美しい泉」の命名の由来の泉をはじめ、動物園や植物園などがあります。
旧市街の南東10kmにある、広さ2kuの墓地です。1873年に急増する人口に対応してフランツ・ヨゼフ帝が造成したものです。
400万人が眠っているといわれ、”第32区A”という区画に、モーツァルト、ベートーベン、シューベルト、ブラームスなど大作曲家たちの墓があります。
映画「第三の男」のラストシーンはここの並木道が映されています。
旧市街の北北西7kmにある村です。
ブドウ畑が広がる中、「ホイリゲ(Heurige)」と呼ぶその年の自家製ワインの新酒を飲ませる居酒屋が集まっていることで有名です。
グリンツィングの東1kmの地区です。大作曲家ベートーベンがたびたび訪れた地で、彼ゆかりのスポットがあちこちに残っています。
「田園交響曲を書いた家(Beethoven Sommerwohnung)」や自殺を考えて遺書を書いた「遺書の家(Heiligenstädter Testament Haus)」の他、田園交響曲で描写した小川に沿う「ベートーベンの散歩道(Beethovengang)」などが主なスポットです。
グリンツィングの北西2.5kmにある標高484mの山で、ウィーンの森の北東端にあたります。
東にはドナウ川、南にウィーン市街が見渡せる展望台があります。
1683年のトルコ軍侵攻の際に、オーストリア、ポーランド連合軍が集結し、総攻撃を開始した地です。
東1kmにはドナウ川間近にそびえる標高425mの「レオポルツベルク(Leopoldsberg)」があり道路がつながっています。
旧市街の南西20kmの町ヒンターブリュール(Hinterbrühl)にある地底湖です。
かつて石膏が採掘されていたところに1912年の洪水で湖ができたものです。地下60mのところに6200uの広さがあり、ボートで遊覧ができます。
第二次大戦中には世界初のジェット機の組立工場になった場所でもあります。
旧市街の南西30kmにある町です。
国内最古の1133年に設立されたシトー派の修道院があり、キリストの磔刑に用いられたという十字架の聖遺物が保管されているといわれます。
町の名は「聖なる十字架」の意です。
ハイリゲンクロイツの南西3kmにある町です。
ハプスブルグ家のルドルフ皇太子が1889年に男爵令嬢マリア・ヴェッツェラと謎の心中をした狩の館が、修道院として残っています。
ガイドツアーがあります。
旧市街の南南西30kmにある温泉保養地です。
ローマ時代から利用が始まり、特に中世からは王侯貴族が夏の滞在地として急速に発展しました。
モーツァルトやベートーベンなどの大作曲家にも愛され、ベートーベン晩年の第9交響曲はここで主に作曲されています。
町には温泉施設やホテル、カジノなどもあります。
ウィーンの南南東50km、アルプスの東麓からハンガリー盆地が始まる位置にある人口2万人の町です。
ハンガリーのエスターハージ公の城下町だった町で、作曲家ハイドンが宮廷楽長とし仕えていたことで知られています。
町の中心に1672年に建てられた「エスターハージ宮殿(Schloss Esterházy)」があり、内部にはハイドンのために造られた優れた音響をもつ「ハイドン・ホール」があります。
また、宮殿の近くには「ハイドン記念館(Haydn-Museum)」、西の丘には「ベルク教会(Bergkirche)」やハイドンが眠る「ハイドン廟(Haydn-Mausoleum)」などがあります。
アイゼンシュタットの東15kmにある湖です。
南北35km、最大幅10kmほどで、南部はハンガリー領になっています。
草原の中の湖でわずかに塩分を含み、周辺は広大な葦原となって多くの鳥類や植物が生息する貴重な自然保護地域に指定されています。
西岸の小さな町ルスト(Rust)は、中世の民家が完全に保存されて残り、煙突や屋根に多くのコウノトリが営巣する町として有名です。
ウィーンの西80kmのメルク(Melk)から、ドナウ川沿いに下流のクレムス(Krems)まで約36km続く広々とした渓谷の景勝地です。
沿岸の丘陵地にはブドウ畑が広がり、古い町が点在します。
特にクレムスの西5kmにあるデュルンシュタイン(Dürnstein)の町は中世の美しい街並みが残る観光のハイライトです。
メルク-クレムス間で観光船が運行されています。
ウィーンの西150km、ドナウ川沿いにある人口20万人のウィーン、グラーツに次ぐ国内第3の都市です。
古代ローマ時代の砦から歴史が始まり、15世紀には神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ3世の居城が置かれました。
モーツァルトが演奏旅行で立ち寄り、滞在中のわずか4日で「リンツ交響曲」を書いて演奏した町であり、19世紀後半には作曲家ブルックナーが活躍した町としても知られています。
市街の中心部、ドナウ川近くにある広場で、幅220m、奥行き60mのヨーロッパでは最大の美しい広場です。
1723年にトルコ軍への勝利やペスト克服を記念して建てられた、バロック様式の高さ26mの「三位一体像」があります。
東側にある「旧市庁舎(Altes Rathaus)」には観光案内所があります。
ハウプト広場の東に建つバロック様式のイエズス会教会です。
1678年の創建で、1855年から13年間作曲家ブルックナーがオルガン奏者を務めています。
外観は質素ですが、内装は豪華です。
ハウプト広場の南西にあるルネサンス様式の建物です。
1571年に建てられたもので、アーケードに囲まれた中庭の中央には、7つの惑星の擬人像で飾られた「惑星の噴水(Planetenbrunnen)」があります。
17世紀に大学が建物を使用していた時期に、天文学者ケプラーが講義をしています。
ハウプト広場の西、ドナウ川に近い丘の上にある城館です。
799年の古文書に登場する古いもので、現在の建物は1477年にフリードリヒ3世が改築したものです。
刑務所や兵舎として使われたことがあり、現在は博物館となっています。
ハウプト広場の北東、ドナウ河畔にある近代的なコンサートホールです。
交響曲作曲家としてファンの多いブルックナーの生誕150周年を記念して1974年に完成したもので、9〜10月には国際ブルックナー音楽祭が開催されます。
ハウプト広場の北、ドナウ川の北岸の地区から出る登山鉄道で、1898年に開通したアプト式鉄道です。
わずか2.9kmながら、標高差225mを登るヨーロッパ一の急勾配となっています。
約20分で標高537mの頂上に着き、展望台からは南にアルプス、北にボヘミアの森を望むことができます。
市街の南東15kmにある教会です。
304年に殉教した聖フローリアンの墓に建てられた修道院が始まりで、1071年に再建、現在のものは1751年に造られたバロック様式です。
ハプスブルク家の宿城の設備もある大きな建物になっています。
巨大なパイプオルガンは、1858年から奏者を務めたブルックナーにちなんで「ブルックナー・オルガン」と呼ばれ、彼の墓もここにあります。
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