このページではアテネ近郊を除くギリシャ各地のスポットを紹介します。
(ガイド中のギリシャ文字は、文字に付く記号や特別の文字が出ませんので、その場合は代用文字を使っています。)
アテネ西方のペロポネソス半島には古代ギリシャ時代の遺跡が数多く残ります。
本土東方のエーゲ海には青い海と白い家々が立ち並ぶ明るいギリシャの風景画あります。
エーゲ海南方のクレタ島には古代ギリシャよりはるか昔の文明を見ることができます。
北方はアレキサンダー大王の足跡が残り、中世の岩山修道院群・メテオラがあります。
全土にバラエティ豊かな観光地があるのがギリシャの特色といえます。
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・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
アテネの西60km、幅6kmほどの狭い地峡で本土とつながった、九州の半分ほどの面積の半島です。平地が少なく、ブドウやオリーブなどの栽培が盛んです。
紀元前2000年頃にミケーネ文明が発祥し、紀元前10世紀頃にはギリシャでも有力なスパルタやオリンピアなどの都市国家が生まれています。半島全域にこれらの遺跡が点在しています。
アテネの西70km、本土とペロポネソス半島をつなぐ地峡を横断する運河です。全長6.3km、幅25m、深さ8mあります。
運河の両側は切り立った絶壁に仕上げられており、道路橋は水面から50mほどの高さに架かっています。
古代から運河建設の構想はありましたが、現在のものはスエズ運河の開通に触発されて1882年着工、1893年に完成したものです。
アテネの西80kmの町コリントスの南西7kmにある遺跡です。
紀元前9世紀頃のドーリア人の都市国家で海上貿易で繁栄しましたが、紀元前146年にローマ帝国によって破壊され、紀元前44年にカエサルが再建しました。発掘は19世紀末から行われています。
「古代のコリントス(Αρχαιασ Κορινθου/ Ancient Korinthos)」といわれる地域には、紀元前6世紀建造で7本の柱が残る「アポロン神殿」、紀元前5世紀の「野外劇場」、1世紀のローマ時代の「アゴラ(広場)」や「音楽堂」、貯水場跡の「ペイレーネの泉」、「グラウケーの泉」などが残っています。
また「考古学博物館(Αρχαιολογικο Μουσειο/ Archaeological Museum)」には当地の出土品が展示されています。
「古代のコリントス」の南西3kmには、「アクロコリントス(Ακροκορινθοσ/ Akrokorinthos)」があります。
標高575mの山の頂上にある遺跡で、神域としてのアクロポリスとしてギリシャ時代に造られましたが、中世には要塞として使われました。
コリントス遺跡の南西25kmの丘陵地にある遺跡です。紀元前20世紀頃に興り、紀元前16〜13世紀頃に最盛期だったミケーネ文明の中心地です。
1876年にドイツ人考古学者シュリーマンによって発掘され、それまで伝説とされたホメロスの叙事詩に登場する”トロイ戦争”が史実として証明されました。
遺跡の入口には石を積み上げ、獅子のレリーフがある「獅子の門」があり、敷地内には、「王宮跡」や黄金のマスクなどの財宝が出土した多くの「円形墳墓」、保存状態の良い石室式の集合墳墓「アトレウスの宝庫」などの遺構が残っています。
なお出土した財宝は、多くがアテネの「国立考古学博物館」に収められています。
ミケーネ遺跡の南20km、アルゴリコス湾に面する風光明媚な町で、リゾート地ともなっています。
14世紀にはベネチアに占領され、16世紀からはトルコ支配となった歴史を持ち、1830年のギリシャ独立時に最初の首都とりました。旧市街には当時建設された国会議事堂や学校などが残っています。
18世紀にベネチア軍が造った要塞があり、町の西に突き出す岬の高台に「パラミディ要塞(Παλαμηδι/ Palamidi)」、湾内の小さな島に「ブルジイ要塞(Μπουρτζι/ Bourtzi)」があります。
ナフプリオンの北5kmにある遺跡です。ミケーネ文明時代の城塞都市の一つで、1885年にドイツ人考古学者シュリーマンに発掘されました。
「キュクロペスの城壁」といわれる多くの石を積み上げて造った堅固な城壁に囲まれ、敷地の南側に宮殿跡が残っています。
ナフプリオンの東北東30kmにある遺跡です。紀元前6世紀頃から医療の神アスクレピオスを祀る地となり、当時の総合医療センターの役目を果たしました。
中心には紀元前5世紀に造られ、台座だけ残る「アスクレピオス神殿跡」があり、そのそばに紀元前4世紀建造でギリシャで最も保存状態が良い「円形劇場」があります。1万4千人収容でき、舞台の肉声が観客席の隅々まで届く音響のよさを誇っています。
その他、病院やリハビリセンター、浴場などの施設跡が残っています。
ナフプリオンの南西70kmにある人口1万4千ほどの町です。
紀元前10世紀頃に北方から侵入したドーリア人が、先住民のアカイア人を奴隷として建てた都市国家があった地です。
市民は生後に虚弱者は遺棄され、幼少から鍛錬を受け、質実剛健に育成されたといい、ここから”スパルタ教育”の語ができました。
「人が城壁」という考え方で堅固な城壁は造られなかったため、郊外に野外劇場などわずかな遺跡が残るのみです。
スパルタの西6km、タイゲトス山脈の東斜面に造られたビザンチン時代の廃都です。
1249年にフランク族が城塞を築いたのが始まりで、15世紀にはビザンチン帝国の文化の一大中心地となりましたが、1770年にアルバニア軍の侵攻で廃墟となりました。
最古の「聖テオドリ教会」、5つのドームの「聖ディミトリオス教会」など、ギリシャ正教の教会遺跡が点在します。
ペロポネソス半島北西部、コリントスの西120kmの山間にある遺跡で、ゼウス信仰の中心地だった地です。
紀元前20世紀頃から建設が始まり、紀元前776年から紀元後393年まで293回にわたってゼウスに捧げる古代オリンピック競技会が開かれたことで有名です。
基壇だけ残る「ゼウス神殿跡」を中心に、現代のオリンピックの聖火が採火される場所で遺跡中最古の「ヘラ神殿」、3万人収容で直線192mのトラックがある競技場「スタディオン」、紀元前2世紀の室内練習場「ギムナシオン」など古代オリンピック関連施設の遺構が残っています。
遺跡の他に、近代オリンピックを復活させた「クーベルタン男爵の碑」や、「考古学博物館」、「オリンピック競技博物館」などもあります。
アテネの北西130km、標高2457mのパルナッソス山(Παρνασσοσ/ Parnassos)南西麓の谷の斜面にある都市国家遺跡です。
紀元前20世紀頃に造られ、「世界のヘソ」としてアポロン信仰の中心地として栄えました。
遺跡の中心にある「アポロン神殿」は最初は紀元前6世紀に建てられ、以後火災や地震による倒壊で、紀元前370年建造のものが残っています。
60m×23mの神殿遺構には6本の列柱が残り、周辺は神域とされていた場所です。神域のそばには、巫女や参詣者が身を清めた「カスタリアの泉」があります。
都市遺構部分には、紀元前4世紀建造で5千人収容の「野外劇場」や、紀元前5世紀建造でオリンピックの原型となるピュティア祭に使われた競技場「スタディオン」などがあります。
遺跡へは急な山道を登りますが、その沿道には宝物館や記念像跡が点在します。
麓の町には遺跡の出土品を展示する「デルフィ博物館」があります。
デルフィの南東30km、山間部にあるビザンチン様式の修道院です。
10世紀の聖人オシオス・ルカスを祀って10世紀半ばに造られたもので、ドームを持つ八角形の聖堂と小さな教会から成ります。
内部は黒大理石造りで、金を使った絢爛たるモザイク画やフレスコ画などで飾られています。
アテネの北西280km、ギリシャ本土の中央部にある高さ400mの不毛の岩山の上に造られたビザンチン時代の修道院群です。
10世紀頃、巨大な塔のように屹立する岩山群の洞穴で僧が修行をしたのが始まりで、14世紀に”より神に近づきたい”思いから、岩山の頂上に24の修道院が建てられたものです。
6つの修道院が見学できますが、現在も修道院として存続しているのは5つで、元来滑車やはしごでしか登れませんでしたが、今は観光用に石段が付けられています。
最大の修道院は「メガロ・メテオロン修道院」で博物館や図書館があります。その他、「バルラアム修道院」、「ルサヌー修道院」、「アナパフサス修道院」、「聖ニコラス修道院」、「聖ステファノス修道院」が見学できます。
メテオラの麓には観光拠点の町カランバカ(Καλαμπακα/ Kalambaka)があります。
アテネの北北西300km、ギリシャ北中部にそびえる標高2917mの国内最高峰です。頂上付近は急峻な峰が並び、冬季は雪で覆われます。
古代からゼウスをはじめとする神々が住むとされる神聖な山で、初登頂は1913年です。
周辺は国立公園に指定され、山麓には植物の固有種が生育し、エコツアーなどが実施されています。
ギリシャ北部、エーゲ海北西部の奥にある港湾都市で、人口100万人を擁するギリシャ第2の都市です。
紀元前316年にマケドニアのカッサンドロス王が建設したのが始まりで、良港を有するため現在に至るまで地中海とバルカン半島と結ぶ交易拠点として重要な町とされ、周辺諸国との争奪戦が繰り返されました。
市街はローマ・ビザンチンやトルコ文化の色が強く、5世紀創建の「聖ディミトリオス教会」、4世紀建造で皇帝の墓陵だった「ロトンダ」、かつての城壁の一部だった塔「ホワイト・タワー」など歴史的建造物が点在します。
テッサロニキの西北西40km、田園地帯にある遺跡です。
紀元前4世紀のアレキサンダー大王の生地で、紀元前4世紀に古代マケドニア王国の首都がアイガイから遷都されたという地です。
正確に東西南北を向いた碁盤目状の街路遺構があり、床に描かれた美しい細密なモザイク画が見所です。
隣接の博物館には「獅子狩をするアレキサンダー」など傑作のモザイク画が収められています。
テッサロニキの西南西60kmにある遺跡です。
紀元前7世紀頃建設された古代マケドニア王国の最初の首都だったアイガイがこの近辺にあるとされ、ギリシャの考古学者アンドロニコスが発掘の結果、マケドニア王フィリポス2世の墓と発表してからいまだ議論が続いています。
王墓とされる発掘跡が博物館になっており、石造りの玄室や豪華な副葬品を見ることができます。
アテネの南東、エーゲ海中部に点在する島々で、主な島で20以上あります。
デロス島を中心に円形に島が集まっていることから、”サークル(=キクラ)”+”デロス(=デス)”が語源といわれます。
紀元前3000年頃から紀元前1000年頃、ミケーネ文明と同時期に青銅器文化のキクラデス文明が栄えました。青い海に白壁の家々の美しい景観の島が多くあります。
アテネの南東160km、キクラデス諸島の北東部に位置する島で、東西15km、南北12kmほどの大きさです。
青い海と白い家の景観は「エーゲ海の白い宝石」と呼ばれ、まさにエーゲ海のイメージそのものです。
島の西岸のミコノスが中心の町で、ホテルやレストランが集中し、狭い石畳の路地が入り組んでいます。
丘の上にある、かつて小麦を挽いていた風車「カト・ミリ」は島のシンボルとなっています。島内には多くの教会やビーチもあります。
ミコノス島の地図 : デロス島も入っています。
ミコノス島の南西5kmに浮かぶ島です。
太陽神アポロンが誕生した島とされ、紀元前5世紀頃から「アポロン神殿」、「アルテミス神殿」、「野外劇場」や5基の「ライオン像」などが建造されました。
当時はペルシャの脅威に備えるため、ギリシャの有力都市国家が結んだ同盟「デロス同盟」の本部がこの地に置かれました。貿易拠点としても栄えましたが、ローマ時代に廃墟となり、現在は無人島となっています。
世界遺産に登録されており、ミコノス島からの定期フェリーで観光ができます。
ミコノス島の南120km、キクラデス諸島の最南部に位置する島で、正式には「ティーラ島(Θηρα/Thira)」です。
南北18km、幅6kmほどの三日月形の島で、有史以来の火山活動でカルデラの外輪山の一部が島として残ったもので、中央の沈んだ部分が幻のアトランティス大陸だという伝説があります。
中心地は西岸中部にあるフィラ(Φηρα/Fira)で、海岸から高さ300mほどの絶壁の上に美しい白壁の街並みがあり、レストランや土産物屋が集まっています。崖下には港があり、階段、ケーブルカー、ロバのいずれかで町と行き来します。
北部の町イア(Οια/Oia)はこの地方の伝統的な家が集まり、宿泊施設にもなっています。岬は夕焼けの美しいスポットとして人気があります。
サントリーニ島の地図
キクラデス諸島の南、アテネから300km南にあるギリシャで最大の島です。東西250kmほどの細長い島で、四国の半分弱の面積があります。
紀元前3000年から紀元前1400年頃までミノア文明が栄えた地で、島内に当時の遺跡が多く残り、美しい海岸線と温暖な気候で、ギリシャ有数のリゾート・アイランドにもなっています。
国内一のオリーブの産地で、多数の植物の原種が自生することでも知られています。
中心地は北岸中央部にあるイラクリオン(Ηρακλειο/ Heraklio)です。
クレタ島の地図 : クリックすると部分拡大図が出ます。
イラクリオンの南南東5kmにあるミノア文明の遺跡です。紀元前2000年頃に造られ、地震で倒壊して紀元前1700年頃に再建しました。
中庭のある、160m四方の建物には1200を越える部屋が迷路のように入り組み、「迷宮(ラビリンス)」といわれました。
壁面は見事なフレスコ画で飾られていますが、大半のフレスコ画がレプリカで、本物はイラクリオン博物館にあります。
イクラリオン市内にある、クレタ島の出土品を展示する博物館です。
1912年の開館で、クノッソス宮殿をはじめ、ミノア文明の遺跡の出土品約5千点を収蔵します。
クノッソス宮殿の壁画「ユリの王子」、「パリジェンヌ」をはじめ多くの有名な展示品があります。
イラクリオンの南東50km、クレタ島の南岸近くの広大な平野を見下ろす丘の上にあるミノア遺跡です。
クノッソス宮殿とほぼ同時代の紀元前2000年頃に造られ、同じように中庭のある宮殿の遺構が残っています。
この遺跡から、未解読の象形文字が描かれた「フェストスの円盤」や、独特の形状の「カマレス式陶器」とよばれる壷や甕が出土しており、これらもイラクリオン考古学博物館に収蔵されています。
イラクリオンの西110km、クレタ島西部北岸の町です。
中世のベネチア統治時代に造られた旧港周辺にカフェやレストランが集まっており、旧市街には古い街並みが残っています。
サマリア渓谷への拠点となっています。
ハニアの南40kmにある渓谷です。
島の南岸の海岸まで18km続くヨーロッパ一長い渓谷で、広いところで幅150m、狭いところで3mという変化があります。
一般にはトレッキング・ツアーで最北端から出口の海岸まで谷を全行程歩きます。トレッキング時間は6〜8時間で、ハニアを早朝出発する丸1日のツアーになります。
エーゲ海の南東、クレタ島の東北東200kmにある島で、トルコ本土に沿って並ぶドデカニサ諸島(Δωδεκανησα/ Dodekanisa)南端の諸島最大の島です。温暖な気候で地中海を代表する国際的なリゾートとなっています。
ビザンチン帝国末期の14世紀にイスラム勢力から逃れてきた聖ヨハネ騎士団の基地となり、ヨーロッパ色の島になりましたが、1523年にオスマン・トルコが占領して騎士団はマルタに追われ、島にはイスラムの建造物が建てられました。しかし1912年にはイタリアが占領し、第二次大戦後にはギリシャに編入されました。
リゾート地とともに、支配の攻防をめぐる歴史が残る島です。
ロードス島の地図 : 地図の下の"map of Rhodes TOWN"をクリックするとロードス市の拡大図が出ます。
ロードス島北端にある島の中心地ロードスの旧市街です。新市街の南東部にあり、建設は紀元前408年ですが、街並みは聖ヨハネ騎士団が14世紀に建設したものが残っています。
中心を騎士団の住居が並んでいた「騎士団通り」があり、北東部に「騎士団長の宮殿」があります。
その他、病院だった建物を利用した「考古学博物館」などのスポットがあります。
また旧市街西方の丘には、アポロン神殿や野外劇場跡がある古代の「アクロポリス」があります。
旧市街の北側、新市街の東側にある港で、入り口にある1対の鹿のブロンズ像が島のシンボルとなっています。
紀元前284年にこれら2像の高さ15mほどの台座を踏みしめて、高さ34mの太陽神ヘリオスの立像が造られ、紀元前226年の地震で倒壊したといわれています。
今は跡形もありませんが、世界七不思議の一つとなっています。
ロードス市街の南西7kmの丘の上にある古代遺跡です。
紀元前12世紀にドリス人が建設したポリスの一つで、同時期のカミロスやリンドスも合わせてロードス島の3大ポリスとされます。
古代の遺構としては神殿跡が残る程度ですが、他に6世紀のビザンチン時代の教会や修道院が残っています。これらはトルコ支配時代には廃墟でしたが、20世紀のイタリア占領後に再建されたものです。
ロードス市街の南西30kmにある古代遺跡で、ロードス島3大ポリスの一つです。
紀元前3世紀頃のアテナ神殿跡をはじめ、多くの遺構が残っています。
ロードス市街の南西20kmの内陸にある渓谷です。
7〜9月にかけて、色とりどりの無数の蝶が群れて飛ぶ光景が見られます。
ロードス市街の南45km、島の東岸中部の岬にある町です。
岬の岩山の上に紀元前8〜6世紀頃のポリスの遺跡があり、中世には聖ヨハネ騎士団の砦にもなりました。
ロードス島の3大ポリスの一つで、唯一当時からから住民が住み続ける町で、全体が遺跡として保護されています。
手織りの布が特産品となっています。
ロードス島の北西100km、ドデカニサ諸島の中部にある東西50kmほどの細長い島で、紀元前460年に医学の父ヒポクラテスが生まれた島として知られます。
また温暖な気候でリゾートの島にもなっており、温泉が出ている場所もあります。
中心は北東部のコス(Κωσ/Kos)で、医の神アスクレピウスを祀り、ヒポクラテスが医術を行った神殿跡「アスクレピオン(Ασκληπιειον/ Asklepion)」の他、ヒポクラテスがその木陰で医学を教えたというプラタナスの木や、博物館などの見所があります。
ロードス島から船で行くことができますし、トルコのボドルム(Bodrum)からはフェリーで1時間です。
コス島の地図
ロードス島の北西180km、ドデカニサ諸島北部にある南北15kmほどの小さな島です。
1世紀にキリストの弟子ヨハネがローマ皇帝から異端者として流された島で、ここで「黙示録」を著わしたといわれ、多くの巡礼者が訪れます。
ヨハネが黙示録を執筆したという洞窟は小さな教会となり、近くには11世紀に建てられた「聖ヨハネ修道院(Μονη Iωαννη/ Monastery of St.John )」があります。
パトモス島の地図
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