ポー川の南からイタリア半島の北半分のエリアを紹介します。
半島の中央をアペニン山脈(Appennino)が走り、その北側はポー川南側の平野部にボローニャを中心とする観光地があります。
南側は、フィレンツェ、ピサ、シエナという名観光地を抱えるトスカーナ地方で、これらの町を中心に、中世からの歴史を伝える小都市が点在します。
イタリアへのツアー予約
《JTB》
ローマ
ミラノ
コモ湖
トリノ
ベネチア(ベニス)
コルチナダンペッツォ
フィレンツェ
ピサ
シエナ
アッシジ
ナポリ
カプリ島
シチリア島
サンマリノ
《日本旅行》
ローマ
ミラノ
ベネチア(ベニス)
フィレンツェ
アッシジ
ナポリ
カプリ島
シチリア島
その他各地
イタリアへの格安航空券
ローマ
ミラノ
ベネチア(ベニス)
トリノ
ジェノバ
フィレンツェ
ボローニャ
ナポリ
パレルモ
イタリアのホテル予約
ローマ
ミラノ
コモ湖
マッジョーレ湖
ベルガモ
ガルダ湖
ベローナ
ビチェンツァ
パドバ
クレモナ
ベネチア(ベニス)
トリノ
アオスタ
クールマイヨール
ジェノバ
ポルトフィーノ周辺
チンクエテッレ
ボローニャ
モデナ
パルマ
フェラーラ
ラベンナ
リミニ
フィレンツェ
ピサ
シエナ
ルッカ
サン・ジミニャーノ
アレッツォ
モンテプルチアーノ
ペルージャ
アッシジ
ナポリ
カゼルタ
ソレント
カプリ島
アマルフィ海岸
イスキア島
マテーラ
アルベロベッロ
パレルモ
アグリジェント
シラクーサ
タオルミーナ
サルデーニャ島
宿泊日まで20日以内のホテル予約
ローマ
ミラノ
コモ湖
ベルガモ
ガルダ湖
ベローナ
ビチェンツァ
パドバ
クレモナ
ベネチア(ベニス)
トリノ
クールマイヨール
ジェノバ
ポルトフィーノ周辺
チンクエテッレ
ボローニャ
モデナ
パルマ
フェラーラ
ラベンナ
リミニ
フィレンツェ
ピサ
シエナ
ルッカ
サン・ジミニャーノ
アレッツォ
モンテプルチアーノ
ペルージャ
アッシジ
ナポリ
カゼルタ
ソレント
カプリ島
アマルフィ海岸
イスキア島
マテーラ
アルベロベッロ
パレルモ
アグリジェント
シラクーサ
タオルミーナ
サルデーニャ島
観光地ガイドのガイド
●自然物・景観・公園 ●人工庭園・公園 ●保養地 ●遊園地 ●遺跡 ●史跡 ●町・村・集落 ●繁華街・通り・広場
●寺院・教会 ●美術館・博物館 ●城・宮殿 ●その他建築物 ●有名人記念館 ●市場・商業施設 ●生産施設
★世界遺産
・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
ポー川の南、アペニン山脈の北麓にある人口37万人ほどの都市です。
1088年にヨーロッパ初の総合大学「ボローニャ大学(Università di Bologna)」が置かれ、先進的気風に富む学園都市です。
共産党勢力が強く、建物も赤褐色をしているため「赤い町」と呼ばれます。また周辺がハム、チーズの名産地で、イタリア屈指の食の都でもあります。
13世紀に造られた「マッジョーレ広場(Piazza Maggiore)」が中心地で、シンボルの「ネプチューンの噴水(Fontana del Nettuno)」があり、周辺には14〜17世紀ゴシック建築で未完成となっている「サン・ペトロニオ教会(Basilica di San Petronio)」や13世紀の「市庁舎(Palazzo Comunale)」などの歴史的建造物があります。
また中世に教皇派と皇帝派が高さを競い合って造ったという、「2本の斜塔(Le Due Torri)」も見所です。
ボローニャ市街の地図
ボローニャの西北西40km、古代ローマの植民地で16世紀にはモデナ公国の首都になった歴史を持つ古い町です。
旧市街の中心に「グランデ広場(Piazza Grande)」があり、1099年から300年以上かけて造られたロマネスク様式の聖堂「ドゥオモ(Duomo)」が面し、1319年に完成で高さ87mの鐘楼「ギルランディーナ(Torre Ghirlandina)」も含めて世界遺産に登録されています。
自動車のフェラーリの生産地、バルサミコ酢の生産地としても知られています。
ボローニャの西北西100kmにある人口18万人の町で、生ハムの「パルマ・ハム」や、やはり地名がついた「パルメザン・チーズ」の産地として有名です。
紀元前2世紀のローマの植民都市から始まり、16世紀にはこの地方の公国の首都ともなっています。
町の中心に「ガリバルディ広場(Piazza Garibaldi)」があり、近くに12世紀のロマネスク様式の聖堂「ドゥオモ(Duomo)」や、大理石造りで八角形6層の「洗礼堂(Battistero)」、古いフレスコ画の残る「サン・ジョヴァンニ教会(Chiesa di San Giovanni)」などがあります。また芸術の町として、オペラ劇場「テアトロ・レージョ(Teatro Regio)」や16世紀の木造劇場「ファルネーゼ劇場(Teatro Farnese)」なども見所です。
ボローニャ北東40kmにある人口13万人の町です。14世紀に芸術を愛したエステ家によって造られ、庇護された多くの芸術家によってルネサンス文化が花開いた地で当時の面影を残す街並みが世界遺産になっています。
当時の建物として、城壁で囲まれた旧市街の中心にあるエステ家の居城「エステンセ城(Castello Estense)」、ロマネスとゴシック様式が混合した聖堂「ドゥオモ(Duomo)」をはじめ、市庁舎、図書館、教会、修道院など多くの歴史的な建物があります。
フェラーラ市街の地図
ボローニャの東70km、アドリア海沿岸にある人口15万人の町です。
404年には西ローマ帝国の首都となり、6世紀の東ローマ帝国がイタリアを征服した後、8世紀まで総督府が置かれました。
この時期の初期キリスト教の建造物が町にいくつも点在し、ビザンチン様式の鮮やかなモザイクが多く見られます。
547年創建の八角形の聖堂で、主祭壇のモザイクが有名な「サン・ビターレ教会(Basilica di San Vitale)」、同じ敷地の450年頃建造で、ダンテが「神曲」でモザイクの美しさを称えている「ガッラ・プラチディアの霊廟(Mausoleo di Galla Placidia)」が見逃せないスポットです。
ボローニャの南西120km、アドリア海に面する人口13万人の町です。
古くからヨーロッパのリゾート地で、海岸は海水浴場になっており、多くのホテルがあります。またサンマリノ共和国への玄関ともなっています。
リミニの南40km、内陸の丘の上にある古都です。
15世紀にモンテフェルトロ家が築いた文化と芸術の町で、画家ラファエロがこの地で生まれています。
市街全体が世界遺産に登録され、1536年の完成で内部は国立マルケ州美術館になっている「ドゥカーレ宮(Palazzo Ducale)」、18〜19世紀建造の聖堂「ドゥオーモ(Duomo)」をはじめいくつもの教会や礼拝堂があります。また「ラファエロの生家(Casa di Raffaello)」や、町全体が眺められる「アルボルノツ要塞跡(Fortezza Albornoz)」などのスポットがあります。
リミニの南西20km、標高739mのティターノ山(Monte Titano)の頂上に町がある南北12km、東西8kmほどの小さな国です。
国全体が要塞となっており、ローマ皇帝の迫害から逃れたキリスト教徒が隠遁して共同体を作ったのが始まりです。301年の建国以来たびたびの併合の企てに屈せず、現在まで1700年間独立を保っており、世界最古の共和国となっています。
人口2万8千人ほどで、観光や銀行業の他、収集家向けの切手発行も国の主な収入になっています。
なおイタリアからの入国に手続きはありません。
サンマリノの地図
切り立った尾根にある3つの頂上に、「グアイタ(Guaita)」、「チェスタ(Cesta)」、「モンターレ(Montale)」という11〜13世紀に造られた砦(ロッカ(Rocca))があり、かつて国の防衛に使われました。
市街は斜面に沿って広がり、中心には「リベルタ広場(Piazza della Libertà)」、周辺に国会議事堂や教会が集まっています。
山の頂上のため、リミニの町や遠くアドリア海も眺めることができます。
ボローニャの南100km、アペニン山脈の南東麓にある人口35万人の町で、トスカーナ地方の中心地です。
市内をアルノ川(Fiume Arno)が流れます。15世紀にメディチ家が財力を背景にフィレンツェ共和国を建設し、ルネサンス文化が栄えた町です。
「屋根のない博物館」といわれ、当時の建築物や芸術作品が市内各所に残っています。中心の旧市街全体が世界遺産に登録されています。
フィレンツェ市街の地図
旧市街の中心にあるフィレンツェのシンボルの大聖堂です。正式には「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂(Basilica di Santa Maria del Fiore)」で”花の聖母寺院”の意です。
1296年に着工して完成は1461年、白、緑、ピンクの大理石を使った美しいゴシック様式です。
高さ112mの赤いドーム内に八角形の大クーポラがあり、天井のフレスコ画「最後の審判」が圧巻です。
ドゥオモの西側に建つ、フィレンツェの守護聖人ヨハネ(イタリア語でジョバンニ)に捧げられた14〜15世紀に建造の八角形の洗礼堂です。
外側の3つの扉にレリーフが施され、うち東の扉はギベルティが27年かけた傑作で、ミケランジェロが「天国の扉」と称えたものです。
現在はレプリカで、本物は「ドゥオモ美術館」にあります。
ドゥオモの南側にある高さ84mの鐘楼で、ジョットの設計で14世紀末に完成したものです。
414段の階段で展望台に登ることができます。
ドゥオモの東にある美術館で、ドゥオモ、洗礼堂、鐘楼にあった美術品のオリジナルを収蔵しています。
ミケランジェロの「ピエタ」の展示でも有名です。
ドゥオモの北西にある教会です。
4世紀創建の教会を、15世紀にメディチ家の援助でブルネレスキの設計で改築したものですが、存命中に完成せず未完のままになっています。
説教壇のドナテッロによるブロンズのレリーフが見ものです。隣にメディチ家歴代の霊廟がある「メディチ家礼拝堂(Cappelle Medicee)」があります。
サン・ロレンツォ教会の東向かいにあるルネサンス様式の宮殿です。
15世紀に着工し、16世紀半ばまでメディチ家の邸宅でしたが17世紀にリッカルディ家の手に渡っています。2階の礼拝堂のフレスコ画が見ものです。
ドゥオモの北北西0.5kmにある美術館です。
1784年の開館で、多数のミケランジェロの彫刻を中心に、13〜16世紀のフィレンツェ派の絵画を展示しています。
ミケランジェロの最高傑作といわれる「ダビデ像」が目玉です。
アカデミア美術館の北にある美術館です。
建物は1299年創建の「サン・マルコ教会(Chiostri di San Marco)」で、右側の修道院を美術館としたものです。
15世紀の修道僧フラ・アンジェリコのフレスコ画を展示しています。
ドゥオモ南0.5kmにある広場です。
中世以来、政治、芸術の中心地で、南側に「ベッキオ宮殿(Palazzo Vecchio)」と、14世紀に集会所として使われた「ロッジア・デイ・ランツィ(Loggia dei Lanzi)」があります。
シニョーリア広場南にあるゴシック様式の建物です。
1314年の創建で、フィレンツェ共和国の中央政庁が入っていました。現在は市庁舎として使われています。
宮殿の入口にミケランジェロの「ダビデ像」のレプリカがあり、実物は1873年に「アカデミア美術館」に移されています。
ベッキオ宮殿の南隣にある世界屈指の美術館です。
建物は1565年完成のメディチ家の執務宮殿だったもので、「ウフィッツィ」は英語で「オフィス」の意です。
1737年にメディチ家の膨大なコレクションを公開したもので、古代ギリシャやローマからルネサンスまで幅広い作品を収蔵します。
ボッティチェリの「春」や「ビーナスの誕生」、ダ・ビンチの「三賢王の礼拝」や「受胎告知」、ミケランジェロ「聖家族」、ラファエロ「ひわの聖母」など多くの名作があります。
ウフィッツィ美術館の西にある、アルノ川に架かる橋です。
1345年建造の石造りの堅牢な橋で、16世紀頃から橋上の両側に金銀細工などの店が並び始め、現在はぎっしりと並んでいます。
さらに、1565年にベッキオ宮殿とピッティ宮殿をつなぐ屋根つき回廊が付けられ、2階建てのような構造になっています。
ベッキオ橋の南にある全長205m、高さ36mの市内最大の宮殿です。
メディチ家と張り合っていたピッティ家が15世紀半ばに着工したもので、没落で工事は中断、16世紀にメディチ家が購入し19世紀に現在の姿になったものです。
1919年から「パラティーナ美術館(Galleria Palatina)」として歴代大公のコレクションを公開しています。
ベッキオ宮殿の東0.5kmにあるゴシック様式の教会です。
13世紀末に着工、本堂は1385年に完成しましたが、全体が完成したのは19世紀です。
フランチェスコ修道会の拠点で、ミケランジェロ、マキャベリ、ガリレオ・ガリレイなどの歴史的人物の墓や記念碑が多くあることで有名です。
また1852年に、漆喰で塗りこめられていた礼拝堂の壁から、ジョットの傑作壁画「聖フランチェスコの死」が復元されたことでも知られています。
フィレンツェを中心とするイタリア半島北西部の地方です。
フィレンツェだけでなく、ピサ、シエナなど世界遺産となっている多くの町があり、豊かな田園風景とワインや郷土料理などイタリア観光の魅力の多い地域です。
フィレンツェの西80km、アルノ川の下流にある人口10万人ほどの町です。海から10kmの内陸にありますが、古代ローマ時代から軍港として栄え、中世からは地中海貿易も盛んになり、11〜13世紀が最盛期でした。
以後フィレンツェのメディチ家支配となり、ガリレオを輩出したピサ大学が置かれるなど、商業、学問の町として現在に至っています。
ピサ市街の地図
市街の北西部にある広場です。「奇跡の広場(Campo di Miracoli)」とも呼ばれ、ピサのロマネスク建築を代表する建物が集まっています。
緑の芝生の敷地に、「ドゥオモ」、「鐘楼(ピサの斜塔)」、「洗礼堂」、「カンポサント」の4つがあり、全体が世界遺産に登録されています。
広場の中心にある大聖堂です。
1063年着工、1118年に完成、ファサード部分は13世紀の完成で、国内最古のロマネスク様式です。
奥行き約100m、幅約30mで、内部は戦利品としてシチリアの古代遺跡から運ばれたという68本の石柱が並びます。
14世紀のゴシック彫刻のある「説教壇」や、ガリレオが振り子の原理を発見したという「ガリレオのランプ」も見所です。
ドゥオモの東側にある円筒形の鐘楼です。
1173年に着工し、軟弱な地質による地盤沈下で工事中から傾き始めましたが何とか1350年に完成しました。
高さ約55mの8層で約5.5度傾き、内部には294段の螺旋階段があります。
1990年から2001年まで公開を中止して世界各国の建設会社の協力で傾斜防止の工事を行いましたが、根本的な解決にはなっていないようです。
「世界7不思議」のひとつ、またガリレオが物体落下の実験を行った話も有名です。
ドゥオモの西側にある白い大理石の円筒形の建物です。1152年の着工で、完成は14世紀です。
直径35mあり、下半分は列柱とアーチで装飾されたロマネスク様式、上半分は尖塔群で装飾されたゴシック様式という珍しいものです。
ドゥオモの北側にある大理石の壁で囲まれた長方形の建物です。
13世紀後半に建築が始まったもので、内部はロの字に回廊があり、中央は美しい中庭になっています。
元来は墓所で、回廊の壁にはフレスコ画が描かれ、多くの美術品もありましたが、第二次大戦の戦火で焼失してしまいました。
フィレンツェの南60kmにある人口6万人ほどの町です。
伝説では、雌狼に育てられたロムルスとレムスの兄弟は、権力争いでロムルスはレムスを殺してローマを建設し、レムスの息子たちがシエナを造ったといわれています。そのため、市内には雌狼の像が至る所にあります。
中世は政治的にフィレンツェと対立を繰り返し、町もフィレンツェのロマネスクに対し、シエナはゴシック様式を採りました。
黄褐色の建物が並ぶ街並みは「シエナ色」と言います。
シエナ市街の地図 : 中央に描かれているのがカンポ広場です。
市街の中心にある世界一美しいといわれる広場です。
1347年の完成で、扇が広がるようにレンガが敷き詰められ、扇の要に向かってすり鉢状に傾斜しています。一番高いところには、1419年建造で彫刻で飾られた「ガイアの泉(Fonte Gaia)」があります。
また、広場の南東側には「ブッブリコ宮殿」と「マンジャの塔」があります。
毎年7月2日と8月16日に行われる荒馬競馬が呼び物の「パリオ祭」が有名です。
カンポ広場に面して建つゴシック様式の建物です。
1342年創建で、当初はシエナ政庁舎として使われ、現在は市庁舎となっています。
向かって左隣には、1348年に造られた高さ102mの鐘楼「マンジャの塔(Torre del Mangia)」があります。
カンポ広場の西にある大聖堂です。
9世紀に建てられた教会に、14世紀まで増改築が繰り返され、正面ファサードは下部がロマネスク様式、上部がゴシック様式となっています。
床一面の宗教画や、13世紀のピサーノらによる説教壇の彫刻、地下にある「サンジョバンニ洗礼堂(Batistero San Giovanni)」など多くの見所があります。
ドゥオモの東にあるドゥオモ内部にあった美術品を展示する美術館です。
14世紀に第二のドゥオモを建設しようとして挫折した建物を使っています。
”シエナの宝”といわれるドゥッチョ作の絵画「荘厳の聖母」をはじめ、13〜16世紀の絵画や彫刻を展示しています。
ピサの北北東20kmにある人口8万人の町です。
紀元前2世紀からの歴史を持ち、中世には小さな都市国家として周辺の強国に並んで独立していた時期もあります。
町を囲む全長4kmの城壁は上が遊歩道として整備されています。
市内では「サン・ミケーレ・イン・フォーロ教会(Chiesa di San Michele in Foro)」、「ドゥオモ(Duomo di San Martino)」などが見所です。
シエナの北西30kmにある、城壁に囲まれた小さな町です。
11〜13世紀に貴族が教皇派、皇帝派に分かれて塔の建設競争が起こり、東西350m、南北700mの町の中に72本もの塔が乱立しました。
後に老朽化で多くは壊されましたが、現在も14本が残されています。
フィレンツェの南東70km、アルノ川沿いにある人口9万人ほどの町です。
古代ローマ以前のエトルリア時代からの歴史を持ち、中世には都市国家のひとつとして繁栄しました。ルネサンス時代の文化財がいくつも残っています。
16世紀のゴシック様式の聖堂「ドゥオモ(Duomo San Donato)」、”聖十字架伝説”のフレスコ画が有名な「サン・フランチェスコ教会(Basilica di Scn Francesco)」などが主なスポットです。
毎月第1日曜の「骨董市(Fiera Antiquaria)」が有名で、金細工の産地としても知られています。
アレッツォの地図
シエナの南南東40km、ブドウ畑の広がる田園地帯の高台にある町です。
赤ワインの”ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ(Brunello di Montalcino)”の産地として有名で、ワインを売る店も多くあります。
中世にシエナ共和国の重要な都市として栄えましたが、1555年の共和国終焉の際に650家族が最後の抵抗を示した歴史を持ち、当時の城塞や宮殿、教会などが残っています。
シエナの南東50kmの丘の上にある小さな町です。
1458年にローマ教皇になった当地出身のピウス2世が、自分の理想郷として都市造りをしたものです。
開始から6年後に死去して未完成に終わりましたが、中心の「ピオ2世広場(Piazza Pio II)」の周りに大聖堂や市庁舎、司教館などの他、ピウス2世を輩出した一族の宮殿「ピッコローミニ館(Palazzo Piccolomini)」などが残っています。
ピエンツァの東10km、海抜600mほどの丘の上にある町です。
中世の自由都市で、城壁に囲まれ、中心の「グランデ広場(Piazza Grande)」の周りに大聖堂や市庁舎など15〜16世紀の建物がそのまま残っています。
また”ワインの王様”といわれる赤ワインの”ヴィーノ・ノービレ・ディ・モンテプルチャーノ(Vino Nobile di Montepulciano)”の産地で、カンティーナ(酒蔵)見学ができます。
シエナの南東100km、平野の中に屹立する標高約320mの絶壁で囲まれた台地の上にある町です。
国鉄の駅からはケーブルカーで登れます。3千年前にはエトルリア人が住んでいたといわれ、1527年にローマ略奪から逃れてきた教皇クレメンス7世が逃げ込んだ町です。
1290年に着工し17世紀初めに完成した「ドゥオモ(Duomo)」が有名です。
またクレメンス7世が水源確保のため造った「サン・パトリツィオの井戸(Pozzo di San Patrizio)」は直径13mの円柱の小屋のような建物が地上にあり、深さ62mの底まで螺旋階段で降りることができます。
またエトルリア時代に造られたという「地下都市(Città Sottoterra)」があり、見学ツアーがあります。
オルビエートの地図 : ケーブルカーは右側です。
シエナの東南東100kmにある丘陵地にある人口15万人ほどの町です。
紀元前6世紀頃にはエトルリア人の街があったといわれ、丘の上のほうに旧市街、その下に新市街が広がって狭い坂道が多い町です。
中心にある「11月4日広場(Piazza IV Novembre)」は国内屈指の美しい広場といわれ、中央に13世紀にピサーノ作の「大噴水(Fontana Maggiore)」、周囲には「大聖堂(Catedrale)」、「プリオーリ宮殿(Palazzo dei Priori)」などがあります。
1998年にサッカーの中田英寿選手が移籍して一躍知られるようになりました。
ペルージャの地図
ペルージャの東20km、標高420mほどの丘の上にある町で、東のスバシオ山(Monte Subasio)で産するバラ色の石で造られた城壁や建物が美しい景観を作っています。
13世紀にカトリックのフランシスコ会を創設した聖フランチェスコの聖地で、多くの巡礼者が訪れます。
「サン・フランチェスコ聖堂(Basilica Patriarcale di San Francesco)」は斜面に上下2つの聖堂があり、下堂に聖フランチェスコの遺体を安置し、上堂にはジョットのフレスコ画の大作「聖フランチェスコの生涯」があります。
アッシジの地図
イタリア各地の観光地ガイドのページ (観光地の詳細はこちらです)
イタリア観光地ガイドのトップページ
ローマ周辺 : ローマの市内と郊外です。バチカンを含みます。
イタリア北部 : ミラノ、ベネチア、ベローナなどです。
イタリア中部 (このページ)
イタリア南部 : ナポリ、シチリア島、サルディーニャ島などです。
イタリア旅行に関する基本情報、雑学、関連サイトリンクなどのページ
イタリア旅行のいろいろ情報
イタリアへのツアー情報のページ
イタリアへのツアー
Copyright © 2006-2008 REISENDER All Rights Reserved. 海外旅行準備室