「オランダ」という国名は日本語だけの呼び方です。
英語では「ネザーランド」、オランダ語では「ネーデルラント」でいずれも”低地地方”の意味です。
日本語の「オランダ」は独立戦争で重要な役割を果たした西部の「ホラント州」をポルトガル語で「オランダ」と呼び、ポルトガル宣教師がそれを日本に紹介したときそのまま国名と理解したのが由来といわれています。
このページでは、首都アムステルダム周辺以外のオランダ各地のスポットを紹介します。
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★世界遺産
・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
アムステルダムの南西40kmにある人口12万人ほどの町です。16世紀に創設されたオランダ最古のライデン大学がある学園都市です。1855年に日本学科が設立され、シーボルトが教鞭を取った大学で、日本と関係が深い地です。
市内は運河が網の目のように走り、町の西に風車と跳ね橋があるオランダらしい風景を見ることができます。
ライデン市街の地図
市街の中心部、旧ライン川(Oude Rijn)が新ライン川(Nieuwe Rijn)と合流する地点にある城塞です。
市内の最高点、高さ12mの丘にあり、1574年にスペイン軍の侵攻に対して市民が篭城して勝利した記念の地です。
現在は城壁跡が残るだけで、市街を眺めるスポットになっています。
城塞の南西0.4kmにあるゴシック様式の教会です。12世紀の創建で、15世紀まで増改築が繰り返されました。
17世紀のオランダ画家のヤン・ステーンが葬られています。
聖ピータース教会の西0.4kmにある、1587年開設のオランダ最古の植物園です。
ランの温室、バラ園、チューリップ園などの他、歴史を物語る樹齢300年を越える古木もあります。
シーボルトが日本から持ち帰った多くの植物のうち、ケヤキやトチノキ、カエデなどは樹齢150年以上の大木になっています。
聖ピータース教会の北西0.3kmにある、江戸末期に日本に西洋医学を伝え、またヨーロッパに日本文化を紹介したドイツ人医学博士シーボルトの邸宅です。
日蘭友好400周年を記念して2005年にオープンした記念館で、シーボルトが持ち帰った多くの資料で未公開だったものを展示しています。
城塞の北西1km、ライデン駅南にある世界の民俗や民芸を紹介する博物館です。ほぼ世界を網羅する質の高い資料を収蔵しています。
特に、シーボルトが日本から持ち帰った日用雑貨や道具、陶磁器や木版画などは日本人としては見たいところです。当時の春画も展示されています。
国立民族学博物館の北東0.5km、運河沿いにある風車の中を博物館にしたものです。風車は1743年に造られたもので、羽の直径は27mあります。
7階建ての内部は、粉挽きの設備が見学できる他、風車の仕組みやライデンの歴史に関する展示があります。
国立民族学博物館の南0.3kmの運河沿いにある風車です。
13世紀から使われている最も古い型の木製風車で、風向きによって自由に方向転換できる特徴があります。
近くには跳ね橋もあります。
アムステルダムの南西50km、北海沿岸にある人口45万人ほどのオランダ第3の都市です。
王宮、国会議事堂、中央官庁、各国大使館があるオランダの政治の中心地で、13世紀にウィレム2世が宮殿を築き、16世紀に議会が置かれた歴史を持っています。
なお、市名の頭に付く「デン」は冠詞で、英語でも"The Hague"と言い、数少ない冠詞付き地名になっています。日本語では略して単に「ハーグ」とも言っています。
デン・ハーグ市街の地図
市の中心部、13世紀にウィレム2世の居城として建てられた「騎士の館(Ridderzaal)」が建つ地で、現在は国会議事堂や総理府、外務省などの庁舎となっています。
西側に広い堀(Hofvijver)があり、噴水があります。
ビネンホフの北の一角にある美術館です。17世紀にマウリッツ公が建てた館を1822年に王立美術館としたものです。
こじんまりして収蔵点数は少ないですが、レンブラントやフェルメールの秀作があります。
ビネンホフの北にある2002年開館の美術館です。
オランダを代表するグラフィック・アーティストで、”だまし絵”で知られるエッシャーの作品を展示しています。
3Dのインタラクティブ・シアターも併設しています。
ビネンホフの北西1.2kmにあるゴシックとネオ・クラシック様式の建物で、国際紛争を調停する国連の機関です。
1913年の第一次大戦後に国際連盟が設置を計画し、アメリカの大富豪カーネギー氏の寄付金で建てられたものです。
内部には各国から寄贈された芸術品が展示され、京都の西陣織で飾られた会議室「日本の間」もあります。
ガイド・ツアーで見学ができます。
ビネンホフ北西3kmの郊外にあるテーマパークです。オランダの名所や歴史的な建造物を、実物の25分の1に縮小したミニチュアタウンです。
4〜9月は夜にライトアップされます。
市街北西5km、北海に臨むオランダ最大のビーチ・リゾートです。
町には1885年オープンの高級ホテル「クアハウス」を中心に、カジノやショッピング・アーケードなどがあり、海岸沿いにはレストランも並びます。
デン・ハーグの南西10kmにある町です。17世紀から陶器の生産が始まり、中国陶磁器の影響を受けた独自の「デルフト焼き」で有名です。
17世紀の画家フェルメールが生まれて、生涯を過ごした町でもあります。
デルフト市街の地図
町の中央にある広場「マルクト(Markt)」に建つゴシック様式の教会です。
14〜15世紀に造られ、高さ108mの尖塔が高くそびえる町のシンボルです。
オランダ建設の父ウィレム1世の墓や歴代王室の墓があります。
マルクトの北西にある13世紀創建のデルフトで最古の教会です。
16世紀ごろまで増改築を繰り返して多様な様式が混在しており、高さ75mの尖塔を4本の小塔が囲む造りとなっています。建設途上で地盤沈下が生じて斜塔になっています。
画家フェルメールはここに埋葬されたと伝えられています。
旧教会の西にある博物館です。
15世紀に修道院として建てられ、後にウィレム1世が身を隠しながら1584年に暗殺された建物で、壁にはその時の弾痕が残っています。
デルフトの歴史を物語る絵画やデルフト焼きなどの工芸品などを展示しています。
かつては多くの工房がありましたが、現在伝統を伝える工房はわずかとなっています。
見学ができる工房は「ポースレン・フレス社(Porceleyne Fles)」が有名です。
デン・ハーグの南東25kmにある人口60万人のオランダ第2の都市で、オランダ経済の中心地です。新マース川沿いに世界最大の港が広がっています。
1940年にドイツ軍の空爆で壊滅的な被害を受け、戦後急速に復興をしました。そのためオランダの中でも近代的な街並みで、歴史的な見所はあまりありません。また治安面では、ビジネスマンを狙ったひったくりや置き引きが多発するということで注意が必要です。
ロッテルダム中心部の地図
市街の南、新マース川近くに立つ展望塔です。
1960年の花の博覧会の時に建造されたもので、高さ185mで、地上100mのところに展望台があります。
展望台からさらに回転しながら上昇する「ユーロスコープ」で塔の頂上まで行くことができます。
ユーロマストの北西にある中世から現在までのさまざまな美術品を集めた美術館です。
フランドル派の画家ブリューゲルの「バベルの塔」が有名で、オランダやフランスの絵画から、近代アートのダリの作品まで見ることができます。
なお名称の由来は、コレクションを寄贈したボインマスとベーニンゲンの名前をとったものです。
アムステルダムの南南東35kmにある人口25万人のオランダ第4の都市です。ローマ帝国が1世紀に造った要塞が町の起源で、中世には司教座が置かれたり、16世紀にはスペイン支配に対抗して独立のきっかけとなったユトレヒト同盟の中心として重要な役割を果たしました。
絵本でおなじみの”うさぎのミッフィー”の作者ディック・ブルーナの出身地です。
ユトレヒト市街の地図
市街の中心部にあるゴシック様式の教会です。1254年から建設が始まり、1517年の完成でオランダ最古といわれます。
隣に14世紀に建てられた鐘楼「ドム塔(Domtolen)」がそびえ、鐘楼としてはオランダで最高の高さ112mを誇ります。
1674年に落雷で教会と鐘楼をつなぐ部分が破壊され、教会自体もその時の傷跡が残ったままです。
鐘楼はガイドツアーで登ることができます。
ドム教会の西にある博物館です。
かつて教会だった建物の中に、古いオルゴール、手回しオルガン、からくり時計などが展示され、実際に音を聞くことができます。
1時間おきのガイドツアーのみで見学が可能で、所要時間も1時間ほどかかります。
ユトレヒトの西10km、ハールツイレンス(Haarzuilens)にある城です。
13世紀頃に創建し、一時廃墟になっていましたが、デ・ハール男爵が1892年から20年かけてネオ・ゴシック様式に再建したものです。城を囲む庭園も含めた美しい景観から「小ベルサイユ」ともいわれます。
豪華な内装に中世のコレクションも豊富で、中には日本の江戸時代の大名かごもあります。
ロッテルダムの東15kmにある風車の名所です。広々とした湿原の川沿いに19基の風車が並んでいます。
1726年の洪水後に、その対策として1740年前後に水位の管理用にまとまって造られたものです。
見学はロッテルダムからボートで川沿いに巡るツアーが便利です。
ロッテルダムの北東15kmにある、運河に囲まれた小さな町です。
”ゴーダ・チーズ”の産地で、旧市街の中心にある「マルクト(Markt)」では7〜8月の木曜日にチーズ市が開かれます。
マルクト周辺には、15世紀のゴシック様式の「市庁舎(Stadhuis)」、17世紀のチーズ計量所だった「チーズ博物館(De Kaaswaag Gouda)」、16世紀の美しいステンドグラスがある「聖ヤンス教会(Sint-Janskerk)」などの見所が集まっています。
ゴーダ市街の地図
ゴーダの東15kmにある小さな町です。レンガが敷き詰められた中世の雰囲気を残す町です。
有名なスポットとして「魔女計量所(Heksenwaag)」があります。15世紀に行われた「魔女狩り」において、魔女ならば空を飛ぶので極端に体重が軽いはず、ということでここで計量をして魔女でない証明書を発行するというものでした。ここでは公正な測定が行われ、魔女と判定された人は皆無だったそうです。
現在は博物館になっており、当時のはかりで体重を計り、証明書をもらうことができます。
オランダ北西部の湖です。1932年にそれまで湾だったゾイデル海を堤防で締め切って淡水湖としたものです。
面積は琵琶湖の1.5倍以上あり、ムール貝やウナギの宝庫です。
沿岸にはかつて海だった時代の港町も点在しています。
アムステルダムの北東20km、アイセル湖に浮かぶ東西3kmほどの小島です。湖岸から1.5km沖にありますが、堤防で結ばれて車で行くことができます。
もともとウナギを採っている静かな漁村で、ローカル色豊かな民家があり、地元の人々はごく普通に民族衣装を着ているのを見ることができます。
アムステルダム北北東25km、アイセル湖沿いにある町です。”エダム・チーズ”の産地として知られ、19世紀の街並みが残ります。
町の中心にはかつてチーズの取引を行っていた「計量所(De Waag)」があり、ここで毎年7〜8月の水曜日に「チーズ市」が行われ、かつての取引の様子を再現します。
エダムの南東2.5km、アイセル湖に臨む漁村です。湖沿いにレンガ造りのかわいい民家が並びます。
この地域独特の民族衣装を観光の目玉にしており、衣装を着て写真撮影してくれるスタジオがいくつかあります。
アムステルダムの北35kmにある町です。
17世紀に東インド会社の拠点として栄えた港町の一つで、町には倉庫や計量所、豪商の館など当時の繁栄を示す建造物が多く残っています。
現在の港はヨットハーバーとなってレジャーの拠点となっています。
ホールンから北20kmのメデンブリック(Medemblik)、東北東20kmのエンクハウゼン(Enkhuizen)という3つの東インド会社の拠点だった町を「歴史の三角地帯」と称して巡るルートがあります。
ホールン・メデンブリック間はチューリップ畑の中を走るミニSL鉄道、メデンブリック・エンクハウゼン間は湖上遊覧船、エンクハウゼン・ホールン間は国鉄路線があります。
ホールンの東北東20kmにある、東インド会社の拠点だった港町です。
ここもかつての港はヨットハーバーになっています。
町の東には、ゾイデル海時代の生活の様子を紹介し、屋外では町を再現して当時の暮らしの実演を行う「ゾイデル海博物館(Zuiderzeemuseum)」があります。
ホールンの西20km、アムステルダムの北北西35kmにある町です。伝統的なチーズ市が開かれる町として有名です。
チーズ市はエダムやゴーダでは7〜8月ですが、ここでは4月中旬から9月中旬の毎週金曜日に開かれます。
町の中心の「ワーフ広場(Waagplein)」で行われ、17世紀以来続くギルドに所属し、伝統衣装に身を包んだチーズ運搬人が「計量所(waag)」に運んで計量してセリにかけられます。
アムステルダムの北70kmの地点から北東方向へ延びる、全長約30kmの大堤防です。
1932年のゾイデル海を締め切る大工事で造られたもので、北側にワッデン海(Waddenzee)、南側にアイセル湖が広がります。
幅は約100mあり、中央を高速道路が走っています。途中に展望台と休憩所を兼ねたスポットがあります。
アムステルダム東南東60kmの町オッテルロー(Otterlo)の東に広がる森の中にある美術館です。
1938年の開館で、「アルルの跳ね橋」や「夜のカフェテラス」などゴッホの名作を中心に後期印象派の作品を収蔵しています。
実業家クレーラー・ミューラー氏の夫人が寄贈したもので、庭園にはピカソやロダンの彫刻も展示しています。
周辺の60kuの森も寄贈されたもので「ホーヘ・フェルウェ国立公園(Nationaal Park de Hoge Veluwe)」となっており、美術館はほぼ中心にあります。
アムステルダムの東70kmの町アペルドールン(Apeldoorn)の北西郊にあるバロック様式の宮殿です。
1685年にウィレム3世が狩猟の館として建造したもので、1975年までは王室の夏の別荘として使われました。
1984年から博物館として公開され、王室の優雅な暮らしを垣間見ることができます。
アムステルダムの北東90km、アイセル湖の東にある小さな村です。
湿地帯にあり、かつて泥炭(ピート)を採掘した跡が湖となり、運搬のために造った水路や運河が多く残っています。
一帯の自然は保護されており、昔ながらの民家も景観保護のためにそのまま残されています。
村の散策や、貸しボートによる運河の観光も可能です。
アムステルダムの北北東70km、アイセル湖の北東岸にある漁村です。
色鮮やかな”ヒンデローペン塗り”による家具や工芸品の生産で有名です。
17〜8世紀の北欧諸国との木材取引の際に持ち帰った工芸品や、東インド会社によるインドの工芸品などの技法に触発されて、独自の装飾技術を確立したものです。
村には家具や工芸品を売る土産物屋が並んでいます。
ヒンデローペンの北東40km、星型の運河に囲まれたオランダ北部の町です。
オランダの中でも独自の文化を持ち、フリジア語を話すフリースランド州の中心地です。
16世紀に教会として建設され、地盤沈下で斜塔のまま残された「オルデホーフェ斜塔(Oldehove Toren)」が知られ、第一次大戦中の女スパイで有名なマタハリが少女時代に過ごした「マタハリの家(Mata Hari's Huis)」もスポットです。
レーワールデン市街の地図
オランダ領が南に細く突き出した南端近くにある人口12万人の町です。市街のすぐ西はベルギー、東30kmにはドイツのアーヘン市がある国境近くの町です。市内の中心を南北にマース川(Maas)が流れ、西が旧市街、東が新市街です。
紀元前1世紀のローマ時代に歴史が始まり、さまざまな国の支配を受け、1992年にEU創設の”マーストリヒト条約”が調印された地です。
マーストリヒト市街の地図
旧市街と新市街を結ぶマース川に架かる橋です。
13世紀に造られた国内最古の橋の一つで、町のシンボルとなっています。
聖セルファース橋の北西、旧市街の広場「マルクト(Markt)」にある建物です。
1664年完成のネオ・クラシック様式で、ブラバンド公国とリエージュ大司教の覇権争いのために正面玄関は左右対称に2つの入口があります。
聖セルファース橋の西0.5kmにある教会です。
オランダ最初の大司教・聖セルファチウスが384年に埋葬された地に6世紀から建造が始まり、主要部分は11〜15世紀に造られました。
宝物館にある黄金色の胸像や聖骨箱や、中庭の”おばあちゃん”という愛称で重さ7tの「聖セルファースの鐘」などの見所があります。
聖セルファース橋の南、旧市街の南東部にある、13〜16世紀に建造された町を囲んでいた城壁の一部です。
東の端には1229年建造の「地獄門(Helpoort)」があり、18世紀のペスト流行の際に患者をこの門を通って隔離し、ほとんど生還した者がなかったためこのような名がついたといわれています。
マーストリヒト東南東30km、ファールス(Vaals)の町の南にある、オランダ、ドイツ、ベルギーの国境が交わる地点です。
森の中に広場があり、石柱と3国の国旗が立っています。付近にはオランダの最高地点(標高322m)や展望台があります。
東のドイツ側はすぐアーヘン市(Aachen)が広がっています。
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