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ポーランドの観光地を紹介します。ワルシャワ、グダニスク、アウシュビッツ、クラクフなどです。

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ポーランドの観光地 - Poland -







ポーランドの観光地(ワルシャワ/クラクフ/トルン/グダニスクなど)

ポーランドの観光地地図

ポーランドは、ヨーロッパ北東部、北にバルト海が広がる国です。
平野の多い地勢から、古くから他国の侵入が容易で、国境線が絶えず変化した歴史を持ちます。
特に近代においては、第二次大戦までは西のナチス・ドイツ、大戦後は東のソ連と、強国の間に挟まれて支配される厳しい時代を送ってきました。

1980年にワレサ議長率いる自主管理労組「連帯」の活躍で、東欧諸国の中でいち早く民主化への動きが始まったのも歴史上で特筆すべきことです。

作曲家のショパンや科学者のキュリー夫人など優れた文化人を輩出し、歴史ある町も点在する国です。


面積 : 32万ku(日本の85%)
人口 : 3819万人(2010年)
人種 : ポーランド人(9割)
言語 : ポーランド語
宗教 : カトリック
 


《気候》
夏は30度を超え、冬は零下10度位まで下がる年較差の大きい大陸性気候です。
4月や10月でも雪が降ることがあります。9月が「黄金の秋」と呼ばれるベストシーズンです。

《時差》
日本標準時 − 8時間です。
3月最終日曜日〜10月最終土曜日はサマータイムで 日本標準時 − 7時間 となります。

《アクセス》
直行便はなく、ワルシャワまでフランクフルトから1時間35分、ヘルシンキから1時間40分です。

《ビザとパスポート》
ビザは観光で90日以内の滞在なら不要です。
パスポートは残存有効期間が3ヶ月+滞在日数以上必要です。
 





ワルシャワ

ワルシャワ
(Warszawa)

ポーランド中部の東寄りにある人口170万人ほどの首都です。
13世紀頃には小さな村だったという記録が最初ですが、1596年に古都クラクフから遷都され、1611年から正式な首都となって発展しました。第二次大戦で町は破壊され、戦後は共産主義的な街づくりがなされましたが、旧市街については当時の町並みを再現しています。
なお、英語では"Warsaw"とつづり、「ウォーソー」と読みます。
 ワルシャワ市街の地図


旧市街
(Stare Miasto) (世界遺産)

市の中心部、市内を流れるヴィスワ川(Wisla)の西岸にある直径500mほどのほぼ円形の市街地です。
シンボルの「人魚像(Pomnik Syreny)」がある「旧市街広場(Rynek Starego Miasta)」を中心に、16世紀にクラクフから遷都された時に建設された「旧王宮(Zamek Krolewski)」、市最古の14世紀創建の「聖ヤン大聖堂(Bazylika Archikatedralna Sw. Jana Chrzciciela)」など、当時の建物が建ち並んでいます。
第二次大戦でドイツ軍によって破壊されましたが、戦後市民の手によって細部に至るまで再現したものです。


バルバカン
(Barbakan) (世界遺産)

旧市街の西側を丸く囲むように造られた赤レンガの城壁です。
16世紀に造られ、当時は旧市街全体を囲んでいましたが、第二次大戦で破壊されたものを戦後に一部復元したもので、約300mほどの長さがあります。


キュリー夫人博物館
(Muzeum Marii Sklodowskiej-Curie) 

旧市街の北にある博物館で、19世紀末から20世紀初めにかけて夫とともに放射性物質を研究し、2度のノーベル賞を受賞した物理学者・化学者のキュリー夫人の生家です。
内部は博物館になっており、家具調度の他に彼女の使っていた実験器具や研究資料などが展示されています。


ツィタデラ
(Cytadela) 

旧市街の北1km、1834年にロシアのニコライ1世が、独立のため蜂起した市民勢力を抑えこむために建造した監獄要塞です。
当時は550門もの大砲を備えていたといわれ、政治犯用の監獄が博物館として公開されています。


ワルシャワ蜂起記念碑
(Pomnik Powstania Warszawskiego) (世界遺産)

旧市街西の「クラシンスキ広場(Plac Krasinskich)」にある、ドイツ占領に対して蜂起した市民を記念して1988年に建てられたものです。
ナチス・ドイツが侵攻して5年を経過した1944年に、進攻してきたソ連軍の後ろ盾を支えに多くの市民が蜂起しましたが、ドイツ軍の火炎放射器作戦で町は破壊され、ソ連軍も援軍を送らず、63日間の戦闘後に市民はこの地で降伏したという歴史があります。


ゲットー英雄記念碑
(Pomnik Bohaterow Getta) 

旧市街の西1kmにある記念碑です。
元来ユダヤ人が多く住んでいた地区でしたが、1939年のナチス・ドイツ侵攻後はユダヤ人居住区(ゲットー)としてユダヤ人をこの地に強制的に移住させ、ここから各地の強制収容所へ送られて虐殺されました。
記念碑はそのユダヤ人たちの霊を弔うものです。


聖十字架教会
(Kosciol Sw.Krzyza) 

旧市街の南1kmにある教会です。16世紀に小さな木造の教会として建てられ、後に現在のような建物になりました。
作曲家ショパンが1849年にパリで死去後に、望郷の思いで残した遺言によって彼の心臓がここに埋葬されていることで有名です。
第二次大戦でドイツ軍に破壊されて心臓も持ち去られましたが、戦後再建されて心臓はショパンの命日に戻されました。
教会のそばには、ポーランド出身の科学者「コペルニクス像(Pomnik M. Kopernik)」があります。


ショパン博物館
(Muzeum Fryderyka Chopina) 

聖十字架教会の南東にある博物館です。
建物は17世紀に建造されたバロック様式の「オストロフスキ宮殿(Zamek Ostrogskich)」で、ワルシャワ・ショパン協会の本部が置かれて運営・管理を行っています。
1〜2階が博物館で、ショパンが使用したピアノや肖像画、自筆の楽譜や手紙などが展示されています。3階はコンサート・ホールになっています。


文化科学宮殿
(Palac Kultury i Nauki) 

旧市街の南2km、市の中心部にある高さ234m、37階建ての高層ビルです。
1952年にソ連のスターリンが建設、寄贈したもので、30階が展望台になっています。
研究所やコンサートホール、レストランなどが入っていますが、旧共産主義の権威の象徴で市民の評判は悪いということです。


ワジェンキ公園
(Park Lazienkowski) 

市街中心部の南、旧市街から南南東5kmにある広大な公園です。18世紀の末に造営され、ヨーロッパでも屈指の美しい公園として知られています。
園内には王室の離宮で博物館になっている「ワジェンキ宮殿」や「ショパンの像」などがあります。
夏の休日にはショパン・コンサートが開かれます。


ヴィラヌフ宮殿
(Palac Wilanowski) 

ワジェンキ公園の南南東8kmにあるバロック様式の宮殿です。
17世紀末から18世紀にかけて建造された、当時の国王ヤン3世の夏の離宮です。第二次大戦後は国立博物館の一部となっています。
フランス・イタリア式の美しいバロック庭園もあります。


ショパン生家
(Dom Urodzenia Fryderyka Chopina) 

ワルシャワの西50kmにある村ジェラゾバ・ボーラ(Zelazowa Wola)にある、ショパンが1810年に生まれた家です。
ひっそりとした公園の敷地内にあり、内部は博物館となっています。


クラクフ

クラクフ
(Krakow)

ワルシャワの南250km、ポーランド南部のヴィスワ川沿いの人口75万人ほどの町です。「クラコフ」という表記もされます。
8世紀頃には町があったといわれ、11世紀から16世紀末のワルシャワへの遷都までポーランド王国の都だった古都です。第二次大戦の戦禍を免れて、歴史的な建造物がそのまま町に残されており、歴史地区が世界遺産となっています。近郊のアウシュビッツなどを含めて、ポーランド観光の中心地となっています。
なお2005年に死去した前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世は当地の出身でした。
 クラクフ中心部の地図


旧市街
(Stare Miasto) (世界遺産)

市内の中心部、ヴィスワ川の北岸にある東西0.8km、南北1.5kmほどの地域です。
かつての都の中心地で、当時のままの建造物が多く集まっており、市街の周囲は緑地帯が囲んでいます。


中央市場広場
(Rynek Glowny) (世界遺産)

旧市街の中心にある広場です。約200m四方のほぼ正方形をしており、13世紀に造られた当時は世界最大の広場でした。
敷地の中央に「織物会館」の大きな建物が建ち、広場の四方は歴史的な建造物が取り囲んでいます。
いつも観光客で賑わい、露店も出ています。


織物会館
(Sukiennice) (世界遺産)

中央市場広場の中央にある14世紀建造のルネサンス様式の建物です。幅100m、奥行き50mもある大きな建物で、広場のかなりの部分を占めています。
かつて衣服や生地の取引が行われたところで、現在は美術館や観光案内所、土産物店などが入っています。


旧市庁舎塔
(Wiesa Ratuszowa) (世界遺産)

織物会館の南西側に建つ高さ約70mの時計塔です。
かつて13世紀末に建てられた市庁舎に付属した塔でしたが、1820年に市庁舎の取り壊しの時にこの塔だけが残されました。
内部は博物館となっており、頂上に登ることもできます。


聖マリア教会
(Kosciol Mariacki) (世界遺産)

中央市場広場の東側に建つ教会です。
13世紀の創建で、ポーランドで最も重要な聖遺物とされる「黒聖母」の複製や、15世紀に造られたゴシック様式の祭壇などの見所があります。
昔、塔の上でモンゴル軍の来襲をラッパ吹きがラッパを吹いて知らせましたが、途中でモンゴル兵士にのどを矢で貫かれて殺されたという故事から、1時間ごとに塔の上からラッパが吹かれます。(メロディも故事にならって途中までです。)


ヤギェウォ大学
(Uniwersytet Jagiellonski) (世界遺産)

中央市場広場の北東0.3kmにある、1364年創設のヨーロッパ有数の伝統を誇る大学です。
古くは天文学者コペルニクスを輩出し、前ローマ法王のヨハネ・パウロ2世も学んでいます。現在も3万数千人が学ぶポーランド屈指の大学となっています。


チャルトリスキ美術館
(Muzeum Czartoryskich) (世界遺産)

中央市場広場の北0.3kmにある、1801年開館のポーランド最古の美術館です。
14〜18世紀のポーランドをはじめとするヨーロッパ絵画を収蔵しています。特にレオナルド・ダ・ビンチの傑作「白テンを抱く貴婦人」が必見です。


ヴァヴェル城
(Wawel) (世界遺産)

中央市場広場の南1km、旧市街南端のヴィスワ川河畔にある城で、10世紀頃から城はありましたが、14世紀にポーランドの都になった際に王宮として整備されました。
城内には、16世紀の建造で博物館にもなっている「旧王宮」、14世紀創建で歴代王の戴冠式がおこなわれた「大聖堂」などがあり、10世紀頃の城遺跡も残っています。


カジミエジュ地区
(Kazimierz) 

ヴァヴェル城の南東の一帯で、かつてのユダヤ人居住区です。
15世紀頃からユダヤ人が住んでいましたが、第二次大戦中のナチス・ドイツ占領下で7万人のユダヤ人がここに強制移住させられ、最終的には強制収容所へ送られました。
戦後はスラム化していましたが、1980年代から再開発され、映画「シンドラーのリスト」の舞台となり、観光地となっています。
国内最古のユダヤ教会「スタラ・シナゴーグ(Stara Synagoga)」をはじめ、いくつものシナゴーグが残っています。


クラクフ近郊

ヴィエリチカ岩塩坑
(Kopalnia Soli Wieliczka) (世界遺産)

クラクフの南東10kmの町ヴィエリチカにある、地底の岩塩採掘坑です。13世紀頃から採掘が始まり、1950年頃まで操業していました。
坑道は9層、深さは300mまであり、坑道延長は250kmに及びます。
第3層の深さ135m付近までが見学コースとして設定され、地下100mに造られた礼拝堂なども見ることができます。
なお見学時間は2時間程度かかり、内部は肌寒いくらいの気温だということです。


アウシュビッツ強制収容所跡
(Auschwitz) 

クラクフの西50kmの町オシフィエンチム(Oswiecim)にあるナチス・ドイツの強制収容所跡です。1941年に造られ、1945年までに100万人以上のユダヤ人が虐殺されたといわれます。
現在は国立の博物館となっており、人類の”負の遺産”として世界遺産になっています。
囚人たちの遺物や毒ガスの結晶、ガス室、死体焼却炉などが残されています。
なお”アウシュビッツ”はこの地のドイツ語地名で、正式名称は「国立オシフィエンチム博物館」です。
また2007年には、ビルケナウ強制収容所も含めて世界遺産の登録名称が「アウシュビッツ・ビルケナウ−ナチスドイツ強制・絶滅収容所」に変更されました。
2006年5月、ドイツ出身のローマ法王ベネディクト16世が本人の強い希望で訪れ、犠牲者への祈りを捧げています。


ビルケナウ強制収容所跡
(Birkenau) (世界遺産)

アウシュビッツ収容所の北西3kmにある、ナチス・ドイツの第二収容所跡です。
1942年に造られ、1945年のソ連軍による開放時には10万人が収容されていたといわれます。ガス室や死体焼却炉などが残されています。


ポーランド南部各地


ヤスナ・グラ修道院
(Jasna Gora) 

クラクフの北西100km、人口30万人の町チェンストホーバ(Czestochowa)にある修道院で、ポーランド・カトリックの聖地です。
1292年の創建で、17世紀中頃に現在の規模まで拡張しました。
要塞のような城壁に囲まれて大小2つの教会があり、内部の絵画「黒いマドンナ」は奇跡を起こす力を持つと篤い信仰の対象になっています。


ブロツワフ
(Wroclaw) 

クラクフの北西250km、ポーランド南西部にある人口60万人ほどの都市です。
10世紀には商都として繁栄していたといわれ、13世紀にはモンゴル、14世紀にボヘミア、16世紀にハプスブルク、18世紀にプロイセン、そして第二次大戦後まではドイツと支配が変遷しました。
第二次大戦で大きな被害を受けましたが、旧市街には13〜16世紀に建造の「市庁舎(Ratusz)」をはじめ歴史的な建物が多く残っています。


ザコパネ
(Zakopane) 

クラクフの南80km、スロバキア国境に近いタトラ山脈(Tatry)北麓にある高原リゾートです。
平坦なポーランドでは数少ない山岳保養地で標高850mにあり、夏はハイキング、冬はスキーで賑わいます。
町には”ザコパネ様式”と呼ばれる独特な木造建築の建物が多く見られます。
近郊の標高1136mのグバウフカ山(Gubalowka)からは町が一望できます。


ルブリン
(Lublin) (世界遺産)

ワルシャワ南東160kmにある、人口35万人のポーランド東部の町です。
10世紀頃に商業の町となり、16世紀に最盛期を迎えました。1815年からロシア支配を受けましたが、1918年にポーランド領になっています。
市内には14世紀にカジメシュ大王が築いた「ルブリン城(Zamek Lubelski)」があります。
また市の南東5kmには、アウシュビッツよりも先に造られたナチス・ドイツの「マイダネク強制収容所(Majdanek)」があります。


ザモシチ
(Zamosc) (世界遺産)

ルブリンの南東80kmにある町です。
1580年に宰相ヤン・ザモイスキが通商路の中継地として建設し、「理想の町」を掲げてすべてイタリア・ルネサンス様式で設計、建造しています。
第二次大戦の戦火を免れて、当時の美しい建物がそのまま残されています。


ポーランド北部各地


ポズナン
(Poznan) 

ワルシャワの西300km、ポーランド中西部にある人口60万人弱の都市で、10世紀にポーランド最初の司教座が置かれた国内最古の都市の一つです。
第二次大戦の被害を受けましたが、ところどころに中世の建造物が残っています。
町の中心の「旧市街広場(Stary Rynek)」には13世紀の「旧市庁舎(Ratusz)」があり、毎日正午に2頭のヤギが角をつきあわせる仕掛け時計が人気です。


トルン
(Torun) (世界遺産)

ワルシャワの西北西180km、ヴィスワ川河畔にある人口20万人の町です。
8世紀頃からの歴史があり、14〜15世紀頃にポーランドで最大規模の町に発展し、当時のゴシック様式の建物が並ぶ美しい町並みは世界遺産に登録されています。
「旧市庁舎(Ratusz)」や「聖ヨハネ大聖堂(Bazylika sw.Janow)」などの他、14世紀に建てられて地盤沈下で傾いた「トルンの斜塔(Kryzwa Wieza)」も見所です。
また、当地は16世紀の天文学者コペルニクスの生地で、生家が「コペルニクス博物館」になっています。


グダニスク
(Gdansk)

ワルシャワの北北西300km、ヴィスワ川河口のバルト海に面する人口45万人の港町です。
10世紀に建設され、中世は自由都市でハンザ同盟にも加盟していました。第二次大戦で町は破壊されましたが、歴史地区は市民の手によって再建されています。また、ポーランドを民主化に導いた、ワレサ議長率いる自主管理労組「連帯」の本拠地だった地でもあります。
なお、市名はドイツ語で「ダンチヒ(Danzig)」といい、こちらもよく知られています。


ドゥウーギ広場
(Dlugi Targ) 

市の中心部、旧市街の中心にある東西に細長い大通りのような広場です。
中世の美しい建物で囲まれ、14世紀に建造の「旧市庁舎(Ratusz)」や「アーサー王の館(Dwor Artusa)」などが並び、中央にある17世紀に造られた「ネプチューンの噴水(Fontanna Neptuna)」がシンボルとなっています。
ヴィスワ川近くの通りの東端には「緑の門(Brama Zielona)」があります。


聖マリア教会
(Kosciol Najswietszej Marii Panny) 

ドゥウーギ広場の北にあるポーランド最大のレンガ造りの教会です。14〜16世紀にかけて建造され、戦災を免れて、当時の姿を残しています。
塔の高さは80mあり、からくり時計や、聖人や著名人の碑が刻まれた床が見所です。


マリアッカ通り
(Ulica Mariacka) 

聖マリア教会から東へ走る通りです。戦後再建された17世紀の建物が並ぶ通りで、各建物の入り口には美しい装飾があります。
多くが土産物の店に改装されており、名産のコハクの店もあります。


木造のクレーン
(Zuraw) 

マリアッカ通りの北、ヴィスワ川河畔にある17世紀のゴシック調の木造クレーンです。
かつて船荷の積み下ろしに使われていたもので、木造のものは世界でも珍しいということです。


オリーバ大聖堂
(Katedra Oliwska) 

グダニスクの北西10kmの町オリーば(Oliwa)にある大聖堂です。
10世紀に修道院として建てられ、14世紀に現在の2本の尖塔を持つゴシック様式の聖堂に改造されました。
内部のパイプオルガンは装飾の美しさだけでなく、1755年に「世界で最も美しい音色のオルガン」に認定された記録があります。


マルボルク城
(Malbork) (世界遺産)

グダニスクの南東40kmの町マルボルクにある城塞です。ドイツ騎士団の要塞として1276年に創建され、15世紀まで順次増築してきたものです。
レンガ造りのゴシック様式で、第二次大戦で一部破壊されましたが戦後に再建しています。
現在は、武器や考古学遺物を展示する博物館になっています。










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