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ポルトガルは日本の歴史上で交流のあった最も古いヨーロッパの国です。
1543年の種子島の鉄砲伝来や、スペイン人ながらポルトガル王の要請で1549年にキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルが有名です。
また、1582年にヨーロッパに送り出した天正少年使節団も、喜望峰まわりの長い航海の末にヨーロッパ上陸をしたのがポルトガルです。
コップ、パン、カステラ、カルタ、テンプラなどポルトガル語を語源とし、完全に日本語に定着した言葉が多いこともよく知られています。
このページではポルトガル北部各地を紹介します。
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★世界遺産
・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
ポルトガル北部にある港町で、人口26万人ほどのリスボンに次ぐ第2の都市です。大西洋に注ぐドウロ川(Rio Douro)河口近くの北岸の丘陵地に市街があります。
ローマ時代からこの地に王国が成立し、ポルトガルの語源にもなっています。13世紀末にイングランドと同盟が結ばれた後、当地の名産ワインがイングランドに多く輸出され、英語でポート・ワイン(ポルト・ワイン)と呼ばれるようになりました。
ドウロ川沿いの街並みには中世からの歴史的建造物が多く、地区全体が世界遺産になっています。
なお”ポルト”自体は”港”の意味のため、特に町を特定して区別する場合は冠詞をつけて”オポルト(Oporto)”と言います。
ポルト歴史地区周辺の地図
ポルトの中心街と対岸のビラ・ノバ・デ・ガイア地区を結ぶドウロ川にかかる橋です。
パリのエッフェル塔の設計者エッフェルの弟子によって1886年に造られたもので、巨大なアーチの上部と下部に2本の道路が走る構造になっています。
上部は高さ68mで両岸の丘の上を結び、下部は高さ10mで川沿いの地区を結びます。ドウロ川沿いの景観のシンボルとなっています。
ドン・ルイス1世橋の北岸から西のドウロ川沿いの地区です。古くは外洋航路の波止場だったところで、ドウロ川の遊覧船が発着します。
川に沿って古い街並みが広がり、レストランが多く入っています。道には露店も出てポルト随一の観光スポットになっています。
カイス・ダ・リベイラの北の丘に建つ大聖堂です。
12〜13世紀に要塞を兼ねた教会として建てられ、その後たびたび増改築されたため、ロマネスク、ゴシック、バロックなどの様式が混在しています。
13世紀ゴシック様式のバラ窓や回廊、装飾タイル”アズレージョ”による壁などの見所があります。
カイス・ダ・リベイラの西にある教会です。14世紀にゴシック様式で建てられ、17世紀にバロック様式に改装しています。
質素な外観に比べ、内装は当時植民地だったブラジルから運んできた200kgもの金で彫刻を覆い尽くしている贅沢なものです。
彫刻では日本の長崎やモロッコにおける殉教の場面などが目を引きます。
また礼拝堂にあるキリストの家系を木の幹や枝で表した「ジェッセ(イエス)の家系図」の彫刻が有名です。
サン・フランシスコ教会北隣、最近まで証券取引所だった建物で、”ボルサ”は「株式」の意です。
1842年から1910年にかけて建てられたもので、中央のドームはポルトガルで最初に鉄骨を使った建築といわれます。
中にある「アラブの間(Salão Árabe)」は、アルハンブラ宮殿を模したといわれる極彩色のアラベスクの内装で有名です。
建物正面の広場には、ポルト生まれのエンリケ航海王子の像が立っています。
カテドラルの北にある国鉄の駅です。
駅舎は1916年に造られたもので、内部にアズレージョによる史実などの美しい壁画があることで知られています。
ドン・ルイス1世橋の南岸にあたる地域です。川沿いはカイス・ダ・リベイラ同様にかつての外洋船舶が停泊した波止場です。
周辺はポート・ワインの工場がたくさんあり、工場見学やワインの試飲ができます。
なお波止場にはかつてポート・ワインを運んだという「ラベーロ船」が浮かんでいますが、現在は使われることはなく広告塔の役目を担っているとのことです。
ポルトの北北東50kmの町です。
紀元前2世紀からの歴史を持ち、11〜12世紀に大司教座が置かれて「祈りのブラガ」と呼ばれる国内随一の宗教都市となりました。
市街にはカテドラルや多くの教会があり、ヨーロッパの聖地の一つとして多くの巡礼者が訪れています。
特に市街東5kmの丘にある「ボン・ジェズス教会(Santuário do Bom Jesus do Monte)」は、1811年に造られたネオ・クラシック様式の教会で、麓から教会までを「5感の階段」と「3徳の階段」という合計250段の美しい装飾階段が有名です。
ブラガの南東20kmにある町です。
1143年にアルフォンソ・エンリケスが王国を興したポルトガル発祥の地で、町の中心の「トウラル広場(Largo do Toural)」の建物には"AQUI NASCEU PORTUGAL(ここにポルトガル誕生す)"の文字が掲げられています。
この周辺に「サン・フランシスコ教会(Igreja de São Francisco)」をはじめいくつもの教会や修道院が点在し、北の丘に国王の居城だった「カステロ(Castelo)」や15世紀の館で現在は政府公館の「ブラガンサ公爵館(Paço Duca)」などがあります。
市街全体が世界遺産に登録されています。
ギマランエスの地図 : 中央の薄茶色の範囲をクリックすると拡大図が出ます。
ポルト南のドウロ川から、リスボンを流れるテージョ川までのポルトガル中部地方をいいます。
温暖で比較的平野が多い大西洋岸、険しい山々が連なる内陸部と対照的な地形を併せ持っています。主要な観光地は大西洋岸の平野部に集中しています。
ポルトの南60km、西方にアベイロ川河口の広大な潟が広がる水郷の町で、古くから製塩と漁業が盛んです。
市街の中央を運河が流れ、”モリセイロ”と呼ぶ色鮮やかな絵が描かれた小舟が行き交います。
町の中心「レプブリカ広場(Praça da República)」の周辺に教会やカテドラルが集まっています。
また、市街の東にある国鉄のアベイロ駅は、外壁全体に観光名所や生活の絵の青いタイル”アズレージョ”が施されていて有名です。
アベイロ市街の地図
アベイロの南60km、人口10万人ほどのポルトガル第3の町です。
丘の上に、1290年創設で1537年にリスボンから移された「コインブラ大学(Universidade de Coimbra)」があり2万人の学生が学んでいます。校舎として旧大学と新大学があり、旧大学にはかつてラテン語会話が義務だった「ラテン回廊」をはじめ、「時計塔」、「旧図書館」など中世に造られた歴史的な施設があります。
また周辺には12世紀の「旧カテドラル(Sé Velha)」、16世紀の「新カテドラル(Sé Nova)」、12世紀の「サンタ・クルス修道院(Igreja de Santa Cruz)」、ポルトガル中世の美術品を収蔵し、ローマ時代の地下道がある「マシャード・デ・カストロ美術館(Museu Machado de Castro)」などのスポットが集まっています。
コインブラ市街の地図
コインブラ中心部の地図
コインブラの南15kmにある、イベリア半島最大で保存状態の良いローマ時代の遺跡です。
1〜3世紀頃のケルト民族の居住地跡で、美しいモザイクの床が残る館跡や共同浴場、水道施設などが公開されています。
現在も発掘作業が続いているということです。
コインブラの北25kmにある国立公園です。
うっそうとした森の中に、1628年創建のカルメル会派の修道院と、1888〜1909年に建てられた王室の狩猟のための宮殿があります。
宮殿は完成後に王室が廃止されたため、現在は豪華なホテルになっています。
北西3kmのブサコへの入口の町ルーゾ(Luso)はミネラル・ウォーターが出る泉が有名で、この水は国内全土で販売されています。
コインブラの南70kmの町トマール(Tomar)にある修道院です。
1147年のイスラムからの奪還の戦いに貢献した”テンプル騎士団”が、時の王アルフォンソ1世から寄進された土地に建てたものです。
12〜16世紀まで増改築が行われ、さまざまな様式の建物が混在しています。
プラテレスコ様式の入口から入り、12世紀の「騎士団の円堂」、15〜16世紀の「墓の回廊」や「フェリペ家の回廊」、16世紀作で船のマストやロープなど大航海時代のモチーフの彫刻がある「マヌエル様式の大窓」などが見所です。
トマールの西25kmの町です。
1917年に羊飼いの子供3人が聖母マリアの出現を見、噂を伝え聞いた人々が7万人も集まった日には奇跡が起こったということで、1930年にバチカンが聖地と認定しました。
聖母出現の場所には礼拝堂があり、隣接して30万人が収容の広大な広場と、1953年に建てられた高さ64mの「バジリカ(Basilica)」があります。
ヨーロッパの聖地の一つとして、奇跡が起こったという毎月13日には大勢の巡礼者が集まります。
ファティマの西20kmの町バターリャ(Batalha)にある修道院で、「勝利の聖母マリア」の意です。
1385年に独立を守る戦いで、わずか6千人のポルトガル軍が3万人のスペイン軍に奇跡的に勝利した感謝を聖母マリアに捧げるために、ジョアン1世が1388年に着工したものです。
建造に100年以上かかり、ゴシックやマヌエルの様式が混在するポルトガルでも屈指の大建造物になっています。
12使徒の彫刻のある入口から入り、ジョアン1世の墓がある「創設者の礼拝堂」や「王の回廊」、16世紀で建設を中止した「未完の礼拝堂」などが見所です。
バターリャの西南西25km、大西洋に臨む町です。
海岸に面するプライア地区(Praia)は魚の天日干しが見られ、シーズンは海水浴場で賑わいます。
一般女性はミニスカート風、未亡人は黒い衣装という女性の独特な民族衣装が見られます。
海岸の北のシティオ地区(Sítio)地区は高さ100mを越える断崖の上にあり、ケーブルカーで登れます。
中心には、17世紀に造られナザレの守護聖人を祀る「ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会(Igreja da Nossa Senhora da Nazaré)」があります。
また海岸やナザレの街が一望できる「展望台」には、霧で道に迷った騎士が突然現れた聖母マリアに救われ、その感謝のために建てたという「メモリア礼拝堂(Capela da Memória)」があります。
ナザレの南東10kmの町アルコバサ(Alcobaça)にある修道院です。
ポルトガル初代王エンリケ1世がイスラムに勝利した感謝として建設を決め、1178〜1252年に建設されたものです。
ロマネスクからゴシックへの過渡期の様式を持ち、教会内部の幅23m、奥行き106mはポルトガル最大の規模です。教会の奥には、王室の悲恋物語の主人公の「ペドロ1世とイネスの石棺」が安置されています。
また修道院では「王の間」や修道士たちの「食堂」などを見ることができます。
ナザレの南30km、リスボンの北80kmにある人口800人ほどの小さな町です。
1282年に訪れたディニス王が町の美しさに惹かれてこの町を王妃イザベラに贈り、以後1833年まで王妃の直轄地でした。1755年の大地震で壊滅しましたが再建されました。
周囲を高さ13mの城壁が囲み、内部は白壁の街並みが広がります。
町の中心にはアズレージョが美しい「サンタ・マリア教会(Igreja de Santa Maria)」があり、現在ポサーダ(国営宿泊施設)となっている「城(Castelo)」があります。
リスボンの南西1000km、モロッコ西方の大西洋に浮かぶ島々です。1419年にポルトガルの航海士が発見した火山島群で、マデイラ島(Illa da Madeira)、ポルトサント島(Illa da Porto Santo)など4島から成ります。
マデイラ島が中心となる島で、東西60km、南北25kmあり、亜熱帯性気候と美しい景観で「大西洋の真珠」と呼ばれています。特産のマデイラ・ワインも有名です。
マデイラ、ポルト・サント両島へはリスボンからの国内線他、ヨーロッパ各地からの国際線も入っています。
マデイラ島の地図
マデイラ島の南岸にある人口12万人の諸島の中心都市です。マデイラ観光の拠点で、ホテルやレストランが集まっています。
市街の中心には15世紀創建の「カテドラル(Sé)」があり、多くの教会や修道院が点在します。
カテドラルの東にある「ラブラドーレス市場(Mercado dos Lavradores)」は、花、野菜、果物、魚が並んでいます。
フンシャルの北4km、標高550mにある村です。
15世紀の創建で、1922年に当地で逝去したオーストリアの最後の皇帝カール1世の墓がある「モンテ聖母教会(Igreja de Nossa Senhora do Monte)」があります。
教会の近くに、麓まで約2kmほど木製そり(トボガン)ですべりおりるアトラクションがあります。
フンシャルの北北西10km、標高1084mにある展望台です。
西側の深い谷底には、16世紀に修道女が海賊から逃れるために隠れ住んだといわれる集落「クラル・ダス・フレイラス村(Curral das Freiras)」を望む事ができます。
フンシャルの西7kmの漁港です。島の発見当時アザラシがいて「アザラシの港」の意です。
カラフルな漁船が並び、朝市もあります。
イギリスの首相だったチャーチルが絵を描きに来ていた地として知られています。
カマラ・デ・ロボスの西2km、崖の高さがヨーロッパ一の580mある岬です。
崖っぷちに展望台があり、打ち寄せる波がはるか下に見えます。
マデイラ島北西端にある小さな漁村です。
荒波が打ち寄せる海岸に、溶岩が堰き止めてできた自然のプールがあります。
マデイラ島北東岸にある村です。茅葺き屋根が地面近くまでのびた、とんがり屋根の家屋が80ほどあります。
この地方の伝統的な家で、悪魔よけのためにドアや窓周りが赤、青、緑などの原色で塗られています。
マデイラ島の北東50kmにある島です。1419年に最初に発見された島です。
コロンブスが一時住んで航海の腕を上げたといわれる島で、その住居などゆかりのスポットがあります。
リスボンの西1400kmの大西洋に浮かぶ島々です。1431年に発見され、当時は新大陸への重要な航海基地になりました。
火山でできた島々で、東西600km、南北300kmの広い海域に9つの島が点在します。温暖な気候で保養地として人気があります。
南東部の最大の島、サン・ミゲル島(São Miguel)に、リスボン、ポルトから国内線が入ります。
なお英語では「アゾレス」ですが、ポルトガル語では濁らず「アソーレス」と発音します。
アゾレス諸島の地図
諸島の南東部にある島です。東西90km、幅15kmほどの細長い島で、諸島人口の半分強の13万人が住んでいます。
中心地は南岸の東寄りにあるポンタ・デルガダ(Ponta Delgada)で、16〜18世紀の建物が多く残ります。
島内には、火山でできたカルデラ湖が点在し、西部の「セッテ・シダーデス湖(Logoa das Sete Cidades)」、中央部の「フォゴ湖(Logoa do Fogo)」、東部の「フルナス湖(Logoa das Furnas)」が主なもので、フルナスは温泉が湧くリゾート地になっています。
サン・ミゲル島の北西150km、諸島の中央部にある島です。
南岸の中央部にあるアングラ・ド・エロイズモ(Angra do Heroismo)が中心の町で、「英雄の湾」の意です。大航海時代にはスペインの侵攻や海賊の襲撃に備え、要塞の街として建造されました。
砦の跡が残り、市街は中世の美しい建物が多く残っています。町全体が世界遺産に登録されています。
サン・ミゲル島の西北西200kmの諸島中第2の広さを持つ島です。
本土を含めても国内最高峰となる標高2351mのピコ山がそびえ、自然が多く残る島です。
少ないながらも中世から良質なワインを産出し、ブドウ畑を中心とする景観が世界遺産に登録されています。
登山や洞窟探検などを楽しむことができます。
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