ルーマニアは、ヨーロッパ南東部、東に黒海が面する国です。
南側のブルガリア国境はドナウ川、北東のモルドバ国境はプルト川が流れており、国土の中央はカルパチア山脈が占めています。
2世紀にローマ帝国の属州ダキアになり、この時に”ローマ人の土地”の意の”ロムニア”が国名になっています。
5世紀からは中央アジアの遊牧民族が相次いで支配し、中世から近世にはオスマン・トルコ、オーストリア、ロシアの支配を受けました。
19世紀には独立宣言を行いましたが、第二次大戦でソ連が占領、戦後は共産国になりましたが、1989年にチャウシェスク大統領の独裁主義に反発した国民がルーマニア革命で民主化を達成しています。
波乱の歴史ながらも、古代から中世の古い都市が点在する国です。
なお革命後に国旗の中央に描かれていた共産党政権の紋章は消され、デザインがアフリカのチャドの国旗と全く同じになりました。
面積 : 24万ku(日本の3分の2)
人口 : 2230万人(2006年)
人種 : ルーマニア人(9割)
言語 : ルーマニア語
宗教 : ルーマニア正教会(9割)
《気候》
年較差の大きい大陸性気候ですが比較的温暖です。年間を通じて平均的な降水がありますが、山地で多く、平地では少ないです。
南部は地中海性気候に近く、夏は乾燥します。
《時差》
日本標準時 − 7時間です。
3月最終日曜日〜10月最終土曜日はサマータイムで 日本標準時 − 6時間となります。
《アクセス》
直行便はなく、ブカレストまでウィーンから2時間弱です。
《ビザとパスポート》
ビザは観光で90日以内の滞在なら不要です。
パスポートは入国時に残存有効期間が6ヶ月以上必要です。
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★世界遺産
・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
ルーマニア南部にある人口230万人の首都です。18世紀までは小さな町でしたが、19世紀以後爆発的に人口が増加しました。
かつては「バルカンのパリ」と呼ばれる美しい町並みを持っていましたが、1989年まで独裁者として君臨したチャウシェスク大統領が、旧市街をほとんど潰して社会主義的な街づくりを行なったため、歴史的な建造物はわずかしか残っていません。
また、野良犬が多い町で、犬に襲われる被害も多発して社会問題になっています。
なお、”ブカレスト”は英語やドイツ語などでの呼称で、ルーマニア語では”ブクレシュチ”です。
ブカレスト中心部の地図
市街中心部の南寄りにある巨大な建物です。
1984年にチャウシェスク大統領の命で建設が始まりましたが、完成を待たずに政権崩壊となりました。
チャウシェスクの権力を誇示するために造られ、その大きさはアメリカのペンタゴンに次ぐ大きさで、2千に及ぶ部屋は贅の限りを尽くしているといいます。
政権崩壊と同時に未完のこの建物の破壊を求める声もありましたが、結局完成させることにしたということです。
現在は政府が一部使用し、国際会議などにも使われるということです。
建設当初はチャウシェスク自身が「国民の館」と呼びましたが、現在は「議会宮殿」といいます。
議会宮殿の北西、旧共産党本部前にある広場です。
1989年12月にチャウシェスク大統領が演説中に集まった市民がデモを起こして銃撃戦となった場所で、この暴動が全土に拡大して数日のうちにチャウシェスクの逮捕、処刑に至り、民主化が実現しました。
市街北部にある、パリの凱旋門に似た門です。
1919年に第一次大戦の勝利を記念して木造で建てられ、その後1935年に現在の石造りに改造されています。
凱旋門の北にある野外博物館です。
10〜19世紀の各地の農村を再現し、約300棟の民家、教会、水車小屋などが建てられています。
ブカレストの北北西100km、標高800mのカルパチア山脈の南麓にある町です。
「カルパチアの真珠」とよばれ、かつて貴族の避暑地だった美しい町並みを持つリゾート地です。
1893年にドイツ出身のカロル1世が建造した豪華な夏の離宮「ペレシュ城(Castelul Peres)」をはじめ、「シナイア僧院(Manastirea Sinaia)」や「ペリショール城(Castelul Pelisor)」などの見所があります。
ブカレスト北西200km、カルパチア山脈南麓の町ホレズ郊外にある美しい修道院です。
1690年の創建で、建物のあちこちに繊細な彫刻があり、内部には保存状態のよい美しい壁画があります。
ブカレストの北150km、カルパチア山脈北側の山間にある人口30万人ほどの町です。
13世紀にドイツ移民が建設した町で、中世の町並みが残っています。
旧市街の中心に「スファルトゥイ広場(Piata Sfatului)」があり、15世紀創建で1689年の火災で外壁が黒く焦げた「黒の教会(Biserica Neagra)」、14世紀の創建で国内最古の学校を併設する「聖ニコライ教会(Biserica Sfantul Nicolae)」などの見所があります。
ブラショフ南西25kmの山中にある、吸血鬼ドラキュラゆかりの城です。
14世紀末に砦として建造され、ドラキュラのモデルとなったワラキア公国の君主ブラド・ツェペシュ(串刺し公)の祖父や父の居城となり、20世紀に入って王室の夏の離宮となりました。
質素な造りですが、伝説のような陰湿さはありません。
1948年に共産党政権が没収して公開していましたが、2006年に王族の所有者に返還されました。
3年間は従来どおり内部公開されますが、それ以後は未定ということです。
ブラショフの北西100km、人口3万6千人ほどの町で、古くからトランシルバニア地方の中心地です。
12世紀末にドイツ移民が建設した城塞都市で、中世の町並みが残る旧市街が世界遺産に登録されています。
旧市街の中心には、14世紀の「時計塔(Turnul cu Ceas)」や、「ブラド・ドラクルの生家(Casa Vlad Dracul)」があり、旧市街の西門「服職人の塔(Turnul Croitorilor)」、東門「靴職人の塔(Turnul Cizmarilor)」などの見所があります。
シギショアラの南西70kmにある人口17万人ほどの町です。
シギショアラ同様、ドイツ移民が12世紀末に建設した町で、中世には商業都市となりました。
中世の町並みが残り、ルーマニア正教の「大聖堂」や「プロテスタント教会」など多くの教会があります。
14〜17世紀にかけて、度重なるオスマン・トルコの侵攻に備えて教会を要塞化し、厚い城壁を築き、包囲されても暮らせるように生活物資を備蓄しました。最も多い時で600ヶ所を数えたといわれ、現在は半分ほどが残っています。そのうちの7ヶ所が世界遺産に登録されています。
ツアーなどでよく行かれるのが、シギショアラの西南西25kmにある「ビエルタン(Biertan)要塞教会」で、ゴシック様式で良好な保存状態を保っています。
その他には、ブラショフの東北東17kmの「プレジュメル(Prejmer)」をはじめ、「ビスクリ(Viscri)」、「カルニク(Calnic)」、「ダルジュ(Darjiu)」、「サスキズ(Saschiz)」、「バレア・ビイロル(Valea Viilor)」と点在しています。
要塞教会の分布地図
シギショアラの北西120km、トランシルバニア地方のほぼ中心にある人口30万人の都市です。
2世紀にローマ帝国の植民都市だった古い歴史の町で、中世には商業都市として発展しました。現在は10を越える大学が集まる文教都市です。
旧市街中心の「統一広場(Piata Unirii)」にある「聖ミハイル教会(Biserica Sfaantul Mihail)」をはじめ「正教聖堂」、「国立劇場」など美しい建物が点在します。
ブラショフの北130km、標高900mのカルパチア山脈の中にある長さ3kmほどの湖です。
「赤い湖」の意で、1830年の地震でくぼ地に水が溜まってできたものです。形成途中で腐らずに取り残された木の株が湖面に出、雨が降ると鉄分の多い土砂で湖が赤く見えるといいます。
近くには絶壁が続く「ビカズ渓谷」があります。
ブカレスト北北西400km、ルーマニア北部の町バイア・マレ(Baia Mare)東方の村々にある18〜19世紀の木造教会群です。
もみの木で造られた質素なもので、十字架のついた高い尖塔が特徴です。
現在も村人たちが集う教会で、バイア・マレの東20kmから50kmの範囲にある8つの教会が世界遺産に登録されています。
教会の分布地図
ブカレストの北400km、ルーマニア北東部にある人口10万人の町で、14〜16世紀にはモルダビア公国の都だった地です。
旧市街近くの丘には、14世紀にオスマン・トルコの攻撃に備えて造られた「スチャバ要塞跡(Catatea de Scaun a Sucevei)」があり、市街には16世紀創建の「聖ドミトル教会(Biserica Sfantu Dimitru)」などのスポットがあります。
ブコビナ地方の5つの修道院観光の拠点でもあります。
スチャバの西方にある、15〜16世紀に建てられた修道院群です。
本来建物内部に描かれるフレスコ画が外壁を埋め尽くしているという特徴があります。
当時の軍人や民衆に、聖書の話や歴史を絵で伝える修道士たちが描いたといわれ、5つの修道院が世界遺産になっています。
スチャバの西30〜60kmの範囲に、「フモール(Humor)」、「ヴォロネツ(Voronet)」、「モルドビツァ(Moldovita)」、「スチェビツァ(Sucevita)」、「アルボーレ(Arbore)」という修道院が点在しています。
修道院の分布地図
スチャバの南東120km、人口30万人余の都市です。
16世紀中頃にスチャバから遷都されたモルダビア公国の都だった地で、第一次大戦中には一時ルーマニアの首都になったこともあります。
中心部には17世紀建造の「三人の聖職者教会(Biserica Sfintilor Trei Ierarhi)」や19世紀建造の「首都大司教座教会(Mitropolia Moldovei)」があります。
またかつての宮殿の上に1925年に建てられ、博物館や図書館の入ったネオゴシック様式の巨大な「文化宮殿(Palatul Culturii)」も見所です。
ブカレストの東200km、黒海に面する人口30万人の港町です。
紀元前7世紀にギリシャ人が建設し、4世紀にローマ皇帝コンスタンチヌス1世が町を整備しました。
ローマ時代の遺物を収蔵する「考古学博物館」や「モザイク博物館」などがあり、海岸には15世紀のビザンチン時代に造られた「ジェノバの灯台」があります。
チャウシェスク時代に私物化されて政府要人だけしか入れなかった「カジノ」が現在は開放されて観光スポットになっています。
コンスタンツァの北50kmにあるローマ時代の遺跡です。
1910年から発掘が行われて、部分的に復元がされています。
寺院跡、浴場跡などの遺構がありますが、周辺はほとんど何もない草原です。
コンスタンツァ北北東120km、ドナウ川が黒海に注ぐ河口に形成されたデルタ地域で、人の手の入らない自然残る地域です。
広さは3400kuに及び、無数の支流や湖、沼地が点在し、葦原や森が広がっています。淡水魚や多くの野鳥の宝庫で、モモイロペリカンの生息地として有名です。
観光拠点はドナウ川がデルタに広がっていく起点の町トゥルチャ(Tulcea)で、クルーズ船での観光となります。
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