ブルガリアは、ヨーロッパ南東部、バルカン半島にある国で、北にルーマニア、南にギリシャ、トルコ、東に黒海が面する国です。
7世紀まで東ローマ帝国で、トルコ系遊牧民族のブルガール人が建国したのが始まりです。以後、モンゴル、オスマントルコ、ロシアの支配を経て1908年に独立しました。
第二次大戦後は共産化しましたが、ソ連崩壊とともに1989年に民主国家に移行しています。
バラが有名な国で、ヨーグルトや、最近は大相撲の琴欧洲関のふるさととしてよく知られています。
面積 : 11万ku(日本の3分の1)
人口 : 772万人(2005年)
人種 : ブルガリア人(8割)、トルコ人(1割)
言語 : ブルガリア語
宗教 : ブルガリア正教会(8割)、イスラム教(1割)
《気候》
国土の中央を東西に走るバルカン山脈を境に、北は夏暑く、冬厳寒の大陸性気候、南は夏高温乾燥、冬温暖湿潤の地中海性気候です。
《時差》
日本標準時 − 7時間です。
3月最終日曜日〜10月最終土曜日はサマータイムで 日本標準時 − 6時間 となります。
《アクセス》
直行便はなく、ソフィアまでウィーンから2時間弱です。
《ビザとパスポート》
ビザは観光で30日以内の滞在なら不要です。
パスポートは入国時に残存有効期間が6ヶ月以上必要で、帰国の航空券の提示が必要です。
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★世界遺産
・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
ブルガリア西部、人口120万人の高原にある首都です。
紀元前5世紀頃のトラキア人の集落が起原で、7世紀にブルガール人が入りました。14〜19世紀にオスマン・トルコの支配を受けて、市内にはイスラム色が残っています。第二次大戦の空襲で大きな被害を受けましたが、戦後復興しています。
ソフィア中心部の地図 : 4種類の地図があり、それぞれクリックで拡大します。
市の中心にある広場です。
中央に19世紀建造の聖ネデリャ教会(Църквата Света Неделя)が建ち、広場の周辺に多くのスポットがあります。
聖ネデリャ広場の北にある、14世紀創建の小さな半地下の教会です。
オスマン・トルコ時代の建造で、当時はイスラムのモスクより高い建物が建てられなかったために地下式になりました。
1階部分と地下部分で造られ、内部に美しい多くのフレスコ画があります。
聖ペトカ地下教会の近くにあるイスラム・モスクです。
オスマン・トルコ時代の1576年に建てられたもので、現在もイスラム教徒に使われています。
「バーニャ」は”風呂”の意で、かつては裏に共用浴場があったということです。
聖ネデリャ広場の東、バルカン・シェラトン・ホテルの中庭に残されている教会です。4世紀の創建で市内最古の建物の一つです。
内部には10〜14世紀のフレスコ画があり、そばには温泉跡があり、周囲にはローマ時代の遺跡が埋まっているといわれます。
聖ネデリャ広場の東1kmにあるブルガリア正教の教会です。
1878年の戦争でトルコ支配を終わらせたロシア皇帝に感謝して1912年に完成した教会で、名称は13世紀にカトリックの侵攻を救ったロシアの英雄の名をつけています。
高さ60mで、12の金色のドームがあり、地下にはイコン(聖像)の博物館があります。
アレクサンダー・ネフスキー寺院のそばにある赤茶色の聖堂です。
ビザンチン帝国時代の4〜6世紀に建造され、市の名前の由来となりました。
聖堂の前には「無名戦士の墓」があります。
市の中心の南西8km、ヴィトシャ山(Витоша)の麓に建つ小さな教会です。
11世紀の創建で、13世紀と19世紀に増築されて3層構造になっています。内部の13世紀のフレスコ画が素晴らしく、世界遺産に登録されています。
しかし損傷も進んでおり、見学には人数制限や10分程度という入場時間の制限があります。
ソフィアの南70kmの村リラ(Рила)から東20kmの山中にある修道院です。
10世紀に僧イヴァン・リルスキーが隠遁した地で、以後王の庇護のもと宗教の中心地となり、最盛期には360の房に全国から僧が集まりました。
1833年に大火で焼失しましたが再建されました。
石塀で囲まれた敷地には、4階建てでフレスコ画の傑作やイコンがある「聖母誕生教会(Църква Света Богородица)」、火事を逃れた唯一の建物「フレリョの塔(Хрельова кула)」などの見所があります。また博物館には、修道士ラファエロが12年かけて彫ったという十字架があり、僧院から3km奥にはイヴァン・リルスキーが隠遁したという洞窟があります。
ソフィア東南東130km、人口35万人のブルガリア第2の都市です。
紀元前9世紀にはトラキア人の町であった古都で、旧市街にはローマ時代の遺跡「ローマ劇場(Римски Театър)」や中世の「聖処女教会(Църква Света Богородица)」、オスマン・トルコ時代の「ジュマヤ・モスク(Джумая Джамия)」など各時代の建物が残っています。
旧市街近くの丘には紀元前の遺跡も残っています。
プロブディフの南25kmの渓谷にある僧院です、1083年にグルジア人によって建造され、リラの僧院に次ぐ規模を持っています。トルコ支配時代のブルガリア文化の拠点となった場所です。
僧坊が囲む敷地の中には12〜17世紀に建てられた3つの教会が建ち、内部は美しいフレスコ画やイコンが残っています。
ソフィアの東180km、バルカン山脈の南麓にある町です。
南にも東西にスレドナ・ゴラ山脈が走る谷の中心にあり、香油用のバラ栽培が盛んで「バラの谷(Розовата Долина)」と呼ばれています。
町の北にある「バラ博物館」では、バラの香油の製造工程や蒸留釜などを見学することができます。毎年6月には「バラ祭り」が開催されます。
カザンラク市街の北郊にある遺跡です。
紀元前4世紀頃の古代トラキア人の墓地の一部で、貴族の墓とされています。狭い通路と丸い玄室があり、当時の暮らしを描いた壁画が残っています。
1944年に発掘されたもので、本物は保存のために非公開で、見ることができるのは精巧なレプリカです。
カザンラクの北北西20km、バルカン山脈を超える標高1185mの峠です。
19世紀にロシアがオスマン・トルコを打ち破った戦場だった地で、20万人のブルガリア人、ロシア人が死んだといわれ、1934年にそれを記念する「シプカ記念碑(Паметникът Шипка)」が立っています。
カザンラクの北60km、バルカン山脈北麓の人口7万人ほどの町です。
12世紀末から14世紀の末までブルガリア帝国の都でしたが、オスマントルコの占領で破壊されてこの時代の史跡はほとんどありません。
旧市街の東の丘にある要塞「ツァレベッツ(Царевец)」が当時の城塞跡として見所になっています。
なお、大相撲の琴欧洲関はここが出身地です。
ベリコ・タルノボの北東5kmにある、中世にアルバニア人が造った村です。
16〜17世紀の家屋が80棟ほど保存されています。
きらびやかなフレスコ画やイコンで埋め尽くされた「キリスト生誕教会」や、オスマン・トルコの美しい豪邸「コンスタンツァ・ハウス」などが見所です。
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