インドはアジア大陸の南、「亜大陸」と呼ばれる広大な地域に、中国に次ぐ11億もの国民が住む国です。
紀元前3000年にはヒンズー教、紀元前500年には仏教とジャイナ教が発祥し、精神的、哲学的な感性をもつ国民性を持っています。
古代からたびたび外国支配を受け、17世紀からイギリスによる東インド会社設立による植民地支配を受けましたが、20世紀に入ってからガンジーの民衆運動の広がりで、ようやく1947年に独立を達成しています。近年は、世界でも屈指のIT産業国に変貌しています。
しかし、大都市であっても、物乞いが集まり、牛が自由に闊歩するなど、宗教、風土、貧富格差を反映した社会の姿は、日本人旅行者にはカルチャー・ショックを与えます。
このページでは、首都ニューデリーやデリーをはじめ北部各地や仏教の開祖ブッダ(釈迦)の仏跡、北中部の遺跡を紹介します。
面積 : 328万ku(日本の9倍弱)
人口 : 11億0337万人(2005年)
人種 : インド・アーリア族(7割)、ドラビダ族(2.5割)
言語 : ヒンディー語(公用語)、英語(準公用語)、他公認されている州の言語が17あります。
宗教 : ヒンズー教(8割)、イスラム教(1割)、他キリスト教、シーク教等
《気候》
デリーなど北部平原地帯では、4〜6月が酷暑で気温が40〜50度に上がります。その後雨季を経て10〜3月は比較的過ごしやすい季節になります。
デカン高原から南部は熱帯気候になりますが、やはり7〜9月は雨季で、それ以外は乾期です。
西部は砂漠が広がる乾燥気候、北部ヒマラヤ山麓は年中快適な高山気候になります。
《時差》
広大な国ですが、一律に 日本標準時 − 3.5時間です。
《アクセス》
デリーまで成田空港から9時間30分、関西空港から香港経由で11時間30分です。
ムンバイまでは成田空港からデリー経由で12時間45分です。
《ビザとパスポート》
事前にビザ取得が必要です。観光ビザは180日間有効ですが、発行日から6ヶ月以内に入国しないと無効になります。
パスポートはビザ申請時に6ヶ月以上の残存有効期間が必要です。
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★世界遺産
・ガイド中の距離記述は、管理人が地図から求めた直線距離です。
インド北部、ガンジス川(Ganga River)支流のヤムナ川(Yamuna River)沿いに広がる人口1300万人を越えるインドの首都です。
13世紀から19世紀まで7王朝が置かれた地で、17世紀のムガール王朝の頃に造られて城壁に囲まれた「オールド・デリー(Old Delhi)」、その南には1912年のイギリス植民地時代にカルカッタから首都が遷都されて建設された「ニュー・デリー(New Delhi)」という地区があります。
インドの政治、経済の中心地ですが、首都機能はニューデリー地区に集まっており、歴史的建造物など観光スポットはオールド・デリー側に多くあります。
排気ガスのスモッグが市域全体を覆っていることでも知られる町です。
デリー/ニューデリーの地図
オールド・デリーの北東部、ヤムナ川河畔にある赤砂岩で造られた城で、別名「レッド・フォート(Red Fort)」と呼ばれるオールド・デリーのシンボルです。
ムガール朝5代皇帝のシャー・ジャハーンが1648年に完成させた宮殿跡で、周囲2kmの城壁に囲まれ、5つの門が残っています。
城内は「ディワーニ・アーム(Diwan-i Am/謁見の間)」や「ディワーニ・カース(Diwan-i Kas/閣議室)」などを見学することができます。
2007年に世界遺産に登録されています。
ラール・キラの南西にあるインド最大のイスラム教寺院(モスク)です。
1658年の完成で、2万5千人が収容できます。
赤砂岩で造られ、高さ60mの3つのドームは白と黒の大理石でストライプ模様に装飾されています。
ラール・キラから西に延びるオールド・デリー最大の繁華街です。
多くの人が歩き、リキシャ(自転車タクシー)や自転車、車の行きかう喧騒の通りです。
さまざまな人種が生活し、沿線に寺院やモスクが点在し、「インドの縮図」とも呼ばれます。
ラール・キラの南東1kmにある、インド独立の父・マハトマ・ガンジーが1948年に暗殺されて火葬された地です。
広い公園の中に黒大理石の慰霊碑が置かれ、現在も全国から多くの国民が参拝に訪れています。
なおラージ・ガートの南西にガンジーの資料や遺品を展示した「ガンジー記念博物館(Gandhi Smarak Sangrahalya)」があります。
ラール・キラの南西3km、ニューデリー地区にある近代的繁華街です。
中心に円形の公園があり、その周囲が商店街になっており「デリーの銀座」ともいわれます。
地下バザールや、州別の物産即売所などが集まっています。銀行、政府観光局もあり、ホテルも集まっています。
ここから放射状に道路が延びています。
コンノート広場の西2kmにあるデリー最大のヒンズー教寺院です。
1938年創建で鮮やかな色彩の建物です。1939年に日本から贈られた太鼓があります。
コンノート広場の南東2.5kmにある高さ42m、幅25mの大門です。
1921年に建てられた第一次大戦で戦死した9万人のインド兵の慰霊碑で、壁面には名前が彫られています。
建てたのはイギリスですが、デザインはフランスの凱旋門を模したものになっています。
ここから西にニューデリーのメインストリート「ラージ・パト(Raj Path)」が伸び、2km先に国会議事堂があります。
インド門の西1kmにある1949年に開館の博物館です。
インダス文明からムガール朝までの数千年の歴史遺産を展示しています。
インダス文明の遺物、仏教遺跡から発掘された仏像、細密画のコレクションなど見ごたえのある展示物があります。
インド門の南東3kmにあるムガール朝2代皇帝フマユーンを祀ったムガール様式の霊廟です。
没後9年が経た1565年に完成したもので、庭園の中に一辺55mの基壇を置き、その上に高さ42mのドームを持つ八角形の建物が建っています。
前後左右どちらから見ても同じ形の対称形になっています。
ニューデリー中心部から南15kmにあるヒンズー教とイスラム教の様式が混合した石塔です。
高さ72mの5層で、インドに現存する石塔では最も高いものです。
奴隷王朝時代の1199年にクトゥブッディン・アイバク王が建てたもので、下の3層は赤砂岩ですが、何度も崩壊して4、5層は大理石と砂岩で補修されています。壁面にはコーランの文字が刻まれています。
なお境内には、4世紀頃にグプタ王朝のチャンドラグプタ王が建てたといわれる高さ7mの鉄柱があり、これまでさびた事がないと言われています。
ニューデリーの南南東200km、ヤムナ川沿いの人口130万人の都市です。
3世紀にはすでに町があったとされ、15世紀に都市としての建設が行われました。その後1558年から1648年までムガール帝国の首都が置かれた地で、ムガール朝最盛期の名建築がいくつも残っています。
アグラの地図
市街の東、ヤムナ川近くにある墓廟です。
ムガール朝5代皇帝シャー・ジャハーンが愛妃のムムターズ・マハルの死を悼んで、22年の歳月をかけて1653年に完成しました。
総大理石製の美しい白亜の建物で、東西南北どこから見ても同じデザインの高さ60mのドームが基壇の上に載り、四隅に高さ42mの尖塔が立っています。
建設にはインドばかりでなく中国やヨーロッパから材料や職人を集めたといわれ、完成時には帝国の国庫も底をついていたほどです。
近年は、排ガスによる汚れと酸性雨による大理石溶解による損傷が問題になりつつあります。
タージ・マハルの北西2km、ヤムナ川河畔に建つ壮大な城塞です。
1565年にムガール朝3代皇帝アクバルによって造られたもので、以後の皇帝が増改築しながら居城として使われました。
ヤムナ川と濠のに囲まれた敷地に、高さ20mの赤砂岩の堅牢な城壁をめぐらされ、内部には宮殿がいくつも建ち並んでいます。
西と南に門がありますが、現在は南門から入場ができます。
アグラの北西10km、シカンドラ(Sikandra)の町にあるムガール朝3代皇帝アクバルの墓廟です。
アクバル帝自身が存命中に建設を開始し、1605年の没後に息子のジャハンギールが1613年に完成しました。
アクバル好みの赤砂岩と、ジャハンギール好みの白大理石が混在する形の建物になっています。
アグラの西南西40kmにあるムガール王朝の都跡です。
第3代皇帝アクバルの時、アグラから1574年にここに遷都しましたが、水不足や酷暑で1588年で廃都としました。
周囲11kmの長方形の城内には赤砂岩のイスラム寺院や宮殿が建ち並び、当時の姿ほとんどそのままで残されています。
なお廃都の後、都はここから現パキスタンのラホールに移し、さらに1598年には再びアグラに移されています。
ニューデリーの南西250kmにある人口200万人を越える大都市です。ラジャスタン州の州都で、車やリキシャなどとともに、牛やロバ、象までもが荷物運搬用に市街を行き交っています。
ムガール朝の衰退に乗じて1727年にマハラジャ(藩王)のサワイ・ジャイ・シン2世が建設した町で、市街の北部に建設当時の旧市街が残っており、観光の中心スポットとなっています。
ジャイプールの地図
市街の北寄りにある、18世紀に計画的に建設された市街地です。
周囲を高さ6m、長さ10kmの城壁で囲まれ、街路は碁盤の目のように配置されています。
当地方特産のピンク色の砂岩で多くの建物が建てられ、市街全体がピンク色に見えるために「ピンク・シティ(Pink City)」といわれています。
街中に人や車、リキシャ、家畜がひしめきあい、インド特有のの混沌状態があります。
旧市街の中心部にあるシンボルともいえる宮殿です。
1799年に第5代当主プラタプ・シンが、王妃や官女たちが町の様子を見られるように建てたものです。
ピンク色の砂岩で造られ、通りに面して幅70m以上で5層もありますが、奥行きはわずか5mほどで、1枚の壁のような建物です。
窓は透かし彫りになっており、風が吹き込むために「風の宮殿」とも呼ばれます。
ハワ・マハルの北西にある7階建ての宮殿です。
市街建設にあわせて1726年から建てられたもので、ヒンズー教とイスラム教の建築様式が交じり合っています。
現在もマハラジャの子孫が住んでいます。1階が博物館として公開されており、歴代のマハラジャ一族のコレクションが展示されています。
宝石をちりばめた武器をはじめ衣服、楽器、細密画などさまざまな品物があり、中でも王子が渡英した時にガンジス川の聖水を運ぶのに使ったという世界最大といわれる銀の壷があります。
ハワ・マハルの西にある天文台跡です。
天文学者でもあったサワイ・ジャイ・シン2世が1734年に建設したもので、広い敷地に、巨大な日時計や星の運行、星座の観測をする幾何学的な建築物がいくつも並んでいます。
日時計は2秒単位まで時間が計測できるなど、精密な測定ができたといいます。
旧市街の北10kmの高台にある宮殿です。
11世紀頃原形が造られ、17世紀はじめに改修されて1727年の遷都まで王城として使われました。
小さな鏡が無数に飾られた「鏡の間(シェーシュ・マハル)」をはじめ、いくつもの宮殿や庭園があります。
丘の麓から宮殿までの急坂には名物の「ゾウのタクシー」に乗って登ることもできます。
ジャイプールの南西300km、標高760mの高原にある人口40万人ほどの都市で、市街の西に人造湖のピンチョーラ湖が広がっています。
16世紀にムガール帝国の攻撃から守るため、メワール国王のウダイ・シンが都をここに移し、水の確保のため川を堰き止めて湖を造りました。現インドが成立するまで国は存続したといいます。
ウダイプールの地図
市街の西、ピチョーラ湖畔に建つ宮殿です。
大理石や御影石を使った壮大な白亜の建物で、南北450m、東西240mの規模は王城としてラジャスタン州最大です。
現在も王族が住んでいますが、一部は博物館やホテルとして一般開放しています。
シティ・パレスの西、ピチョーラ湖の中に浮かぶように建つ白亜のホテルです。
かつては王族の避暑のために建てられた宮殿だった建物で、王族のリゾート気分が味わえます。
ニューデリーの南東700km、ガンジス川に臨む人口120万人の町です。
ヒンズー教の聖地で、毎年インド各地から100万人以上の巡礼者が訪れます。ガンジス川に流されると涅槃(ねはん)に導かれるとの考え方があり、この地で死を待つ人も多いといいます。
「ベナレス(Benares)」はイギリス植民地時代の呼称で、「バラナシ」または「バナーラス」が正式呼称です。
バラナシの地図
ガンジス川近くにある、バラナシで最高格式を持つヒンズー寺院です。
1750年代の創建で、シバ神を祀っています。金箔のドームと尖塔があり、「黄金寺院」とも呼ばれます。
ヒンズー教徒はガンジス川での沐浴の後、この寺を参詣する習わしになっています。ヒンズー教徒以外は内部見学はできません。
ガンジス川の河畔約5kmにわたって数十ヶ所以上もある階段状の沐浴場です。
ここで沐浴をすればすべての罪は洗い流され、死んだ人の遺体や遺骨を流せば極楽へ行けると信じられています。
早朝、日の出とともに始まる沐浴風景をボートから眺めるツアーがあります。
バラナシの北10kmにある仏教四大聖地の一つで、ブッダガヤで解脱の境地に達したブッダが初めて法を説いたという地です。>BR>
5人の弟子の他に森の鹿も説法を聞いていたという伝説があり「鹿野苑」とも呼ばれます。
12世紀頃までに多くの仏塔や僧院が建てられ、20世紀初頭に発掘されました。
現在は遺跡公園となっており、ブッダが説法した場所に6世紀ごろ建てられたという高さ42m、直径28mの円筒形の仏塔「ダメーク・ストゥーパ(Dhamehk Stupa)」、紀元前3世紀にアショカ王が訪れた記念に建てられたという石柱「アショカ王柱」、1931年創建で日本人によるブッダのフレスコ画のある「ムルガンダ・クティ寺院(Mulgandha Kuti Vihar)」などがあります。
またこの地で発掘された出土品を展示している「考古学博物館」もあります。
バラナシの東南東250km、ガヤ(Gaya)の町の南郊にある仏教四大聖地の一つで、特に仏教では最高の聖地となっています。「ボードガヤ(Bodh Gaya)」ともいいます。
ブッダが菩提樹の下で悟りを開いた地で、多くの寺院が建てられましたが、13世紀以後イスラム教徒に破壊されました。復興は19世紀後半から行われています。
中心にある「マハーボディ寺(Mahabodhi Temple/大菩提寺)」は、1880年代にイギリス人カニンガムらが発掘、修復したもので、高さ52mの本堂の他、ブッダが座していた場所「金剛座」、その時の菩提樹の子孫「成道の木」、ブッダが沐浴をした「蓮池」があります。
また寺の周辺には、ネパール、中国、日本など仏教国の寺院が点在し、これらを含めた寺院群が世界遺産になっています。
ブッダガヤの北東70kmにある山に囲まれた盆地です。
ブッダの生きた時代にマガダ国の都があったところで、ブッダがこの地で多くの説法をした聖地となっています。
盆地の南東には「霊鷲山(Griddhakuta/グリッダクータ)」があり、山頂にはブッダが「法華経」を説いた香堂跡があります。
その北西の岩山には日本人が開山し、白亜の多宝塔がある「日本山妙法寺」があります。
また盆地の中央部には、国王ビンビサーラから仏教布教のために寄進された寺院の原形「竹林精舎(Venuvana/ベーヌバナ)」があります。
ラジギールの北10kmにある村で、5〜12世紀に栄えた仏教僧院の遺跡があります。
長い間世界最大の仏教の大学で、1万人もの学僧が学び、三蔵法師もここで5年間学んだといわれています。
1203年にイスラム教徒に破壊され、広大な敷地に11の僧院跡、14の寺院跡が残っています。
バラナシの北北東200kmにある仏教四大聖地の一つです。
ブッダが80歳の時、生まれ故郷のルンビニ(Lumbini/ネパールにあります)に向かう旅の最中、病のため当地の沙羅双樹の下で没し(入滅し)ました。
入滅した場所に建てられた「涅槃堂(Nirvana Temple)」には長さ5mほどの大きな金色の涅槃像が安置されています。
またブッダが火葬されてその遺骨が分けられたという場所には「ラーマバル(Ramabhar)」という塚があります。
バラナシの北北西250kmにある、ブッダの時代にコーサラ国の都があった地です。
都は南北300m、東西250mほどの規模といわれ、「マヘト(Maheth/舎衛城)」と呼ばれています。
その南に、ブッダの教えに感動した富豪スダッタが寄進した、「サヘト(Saheth)」というブッダが多くの説法を行った地があります。
ブッダが座った台座や、後世に建てられた僧院があります。「平家物語」の冒頭に出てくる「祇園精舎」はここのことです。
アグラの南東300kmにある小さな町で、9〜13世紀に中央インドで栄えたチャンデラ王国の都だった地です。
10世紀半ばから11世紀半ばを中心にインド・アーリア様式の85の寺院が建てられ、現在3つの地区に合計22の寺院が残っています。
どの寺院も精巧なレリーフが外壁を埋め尽くし、神や動植物などさまざまな造形があります。
特に官能的な男女交合像(ミトナ)が多くあることで有名です。
カジュラホの南西240km、小高い丘の上にある仏教遺跡です。
紀元前3世紀にアショカ王が創建して以後、仏教の修行の地として12世紀頃までに50ほどの寺院や僧院が造られました。
以後廃墟となっていましたが、19世紀から発掘が始まり、3つの仏塔(ストゥーパ)と僧堂が復元されています。
仏塔は「第1塔」がアショカ王の建立したもので、高さ16m、直径36mで3塔中最大で、表面のレリーフはインド古代仏教美術の最大傑作の一つに数えられています。
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